ディズニー データベース 別館

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【連載】幻のねずみ #40『ウォルトと私』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


長編アニメーション映画を復活させたディズニーは、1950年に第一弾『シンデレラ』を大ヒットさせたものの、続く1951年の『ふしぎの国のアリス』では苦渋を味わうこととなった。

この二作と同時に制作を進めていた『ピーター・パン』はウォルトにとってお気に入りの作品であり、失敗は許されなかった。

子供の頃、ウォルトは舞台でピーター・パンが空飛ぶ姿を見て心躍らせ、よくそのまねっこをしたものであった。

ウォルトは原作の魅力を損なわずに映像化するにあたり、冒頭の子供部屋のシーンだけでも様々なバリエーションを考案した。

ウェンディたちのお母さんがピーターの影を見つけるもの、乳母犬のナナもネバーランドへと同行するもの、堅物な性格のジョンがネバーランドに付いてこないもの…。

物語は最終的にダークな雰囲気や要素をなるべく取り除くことになり、フック船長がワニに食い殺される残虐なシーンや、ウェンディの両親が子供たちを悼むシーンなどは最終版からカットすることとなった。

本作でも従来の作品同様、俳優の演技を撮影した映像を基にスケッチを行なった。

前日の通りピーターの飛行シーンへの思い入れが強いウォルトに対し、ティンカー・ベルとネバーランドの人魚のスケッチ・モデルを担当したマーガレット・ケリーは、彼女のダンスの先生であるローランド・デュプリーをピーター・パンの飛行シーンのモデルにと推薦した。

ピーターの声と顔のアップのモデルは、『南部の唄』でジョニー坊やを演じたおなじみの子役ボビー・ドリスコールが担当。

ヒロインのウェンディは、『ふしぎの国のアリス』でもアリスを担当したキャサリン・ボーモントが声と実写モデルを務めた。

『ピーター・パン』はバリの原作の世界観の圧倒的な人気により、やはり賛否両論となった。

しかし、その時の否の声の勢いはアリスの時ほどではなく、美しいアニメーションと心温まるラストシーンの展開を支持する声も多く、ウォルトはホッと胸を撫で下ろした。



『ピーター・パン』の公開から半年ちょっと経った頃だろうか。

私はウォルトから今年の11月に公開するある短編アニメーション映画を是非とも試写してほしいと頼まれた。

『ベンと私』(フランクリン物語)と名付けられた映画の主人公、すなわち『私』とはエイモスというネズミだった。

私が気楽に映画を見ていると、だんだんそこはかとない不安が襲ってきた。

物語は合衆国建国の父ベンジャミン・フランクリンが独立宣言の内容を考えている時にエイモスと出会い、ひょんなことからエイモスのフランクリンに対する主張が独立宣言のきっかけとなった、という架空のサイドストーリーであった。

映画が終わると、ウォルトはおそるおそる私の顔を覗き込んだ。

私はしばらく目をかっ開いて呆然としていた。

ウォルト「気に入ったかい…?」
マウス「ねぇ…。あの……エイモスってやつは…」
ウォルト「ある程度は君かもしれないね」

この映画がきっかけで、イマジナリー・フレンドの存在が世間にバレてしまうと困ったことになる。

「ねぇ、ウォルト。このモチーフはとてもありがたいんだけども…。あの…君が僕みたいなネズミと話せるっていうのはイレギュラーなことなんだよ。だからなるだけ世間には秘密にしておいてほしいんだよ」

ウォルトは私の感想が気に召さなかったのか、「すまなかったね…」と一言だけ言うと、そのままフィルムを持って部屋を出ていってしまった。

言葉ではそんな態度を示してしまったが、うれしさを隠しきれない自分も確かにいた。



エイモスの件以来、ウォルトは私の顔色を伺い、あまり話しかけてこなくなった。

もちろんディズニーランドのパークや番組で忙しかったのもあるが、彼と接する機会は日に日に少なくなっていった。

どうにも頭がもやもやするので、私はダックにこのことを相談した。

するとダックは真剣な顔つきで「それはあなたがいけませんね」と答えた。

ダック「確かにあなたとウォルトはイマジナリー・フレンドの最初の儀式を受けていないので仕方ないところはありますよ。でも事情を知らない彼にしてみたら急に苦言を呈されても困ると思うんですよ。」
マウス「そうだよねぇ…」

彼はドナルドとは似ても似つかぬほど思慮深いアヒルである。

私はしゅんとして自分の言動を反省した。

私は言いすぎたと反省したが、多忙なウォルトにどう声をかけようかと迷っていた。

ある時、ウォルトが家に一人でいる時に話しかけようかと様子をうかがっていたが、あまりにそわそわしていたので声を掛けそびれてしまった。

後で知ったことだが、ウォルトの愛娘である大学生のダイアンがアメリカンフットボール選手のロン・ミラーと交際しており、ウォルトとリリーは彼の訪問を受けたのだという。

娘の相手に厳しい目を向けがちなウォルトもリリーも彼を気に入り、話はとんとん拍子で進むことになったようである。




<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ダック
マウスの友人である礼儀正しいアヒル
クラレンス・ナッシュのイマジナリー・フレンド。

◆ボビー・ドリスコール
ピーター・パンの声を演じる子役。

◆キャサリン・ボーモント
ウェンディの声を演じる子役。

◆マーガレット・ケリー
ティンカー・ベルのモデルを務めた女性。

◆ローランド・デュプリー
ピーター・パンの飛行シーンのモデルを担当。

リリアン・ディズニー
ウォルト・ディズニーの妻。
ミッキーマウスの名付け親でもある。

◆ダイアン・ディズニー
ウォルトとリリーの長女。

◆ロン・ミラー
ダイアンのボーイフレンド。
アメリカンフットボールの選手。

史実への招待

1935年、ウォルト・ディズニーは『白雪姫』の製作中、次の長編構想を考えていました。

その候補に挙げていたのが『ピーター・パン』です。

『ピーター・パン』はウォルトの大好きな作品であり、子供の頃に見たピーター・パンの舞台は強く印象に残ったといいます。

『ピーター・パン』の原作者ジェームズ・マシュー・バリは映像化の権利をグレート・オーモンド・ストリート小児病院に寄贈していました。

そしてその権利はパラマウントにレンタルしていたのですが、1939年1月にアニメ化の権利獲得に成功します。

並行で製作が進められていた『ピノキオ』や『ファンタジア』に続いて『ピーター・パン』の製作が計画されていましたが、第二次世界大戦の激化によりさらなる延期となります。

終戦後、長編映画を復活させるために『シンデレラ』『ふしぎの国のアリス』『ピーター・パン』の3作品のプロジェクトが同時進行しました。

そして『ピーター・パン』の製作は1949年5月に再開したのでした。

ナイン・オールド・メン全員が集合した作品となった『ピーター・パン』は、映画は1953年2月に公開されました。