ディズニー データベース 別館

「ディズニー データベース」(https://w.atwiki.jp/wrtb/)の別館です。日本の誰か一人にでも響けばOKな記事を書いていきます。

【連載】幻のねずみ #24『空想動物記II アローンの共生』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


1918年、第一次世界大戦が終わりを迎えようとしていた。

1,600万人もの犠牲者を出した戦争は人類にとっての負の遺産として語り継がれていたが、落ちこぼれの妖精たちからすると恰好の舞台であった。

天界にあるフェアリー・ホロウという土地には多種多様な妖精が暮らしていた。

妖精たちはそれぞれが受け持つ星に派遣され、それぞれの星が正常にあるべき姿を保てるように手を貸すことを任されている。

妖精の受け持つ星は実に様々だが、高度な文明を持つ生き物が住む星、すなわち地球はそこに住む人間に目撃される危険があるため、長らく上陸を禁止されていた。

妖精の学校を出たばかりの落ちこぼれたちは自然を操作する基本的な妖精らしいことが上手くできず、遂に戦争を起こしたばかりの地球を任されることとなった。

先生たちは落ちこぼれたちにミスをさせて諦めさせようという魂胆だったのだろうが、そんなことも知らない呑気な若者たち(ルビー、サファイア、エメラルド、オコナー、マーガレット、コバルト、ムーアクイーン)は意気揚々と地球上陸の計画を立てていた。

先生から地球への上陸は10年に一度のみというルールを課された妖精たちは話し合いの結果、地球にイマジナリー・フレンドという動物を送り込むことにした。

イマジナリー・フレンドはある一人の人間(オーナー)とだけ話すことのできる存在であり、オーナーの活動をサポートすることが存在意義となる。

それではどんな人間にイマジナリー・フレンドを付与すべきかという議論になり、戦争を仕切る軍人や政治家よりは人の心を豊かにする芸術を作る文化人を選ぶべきだという結論に至った。

彼らがイマジナリー・フレンドの第一号を検討していると、迷える動物の魂がフェアリー・ホロウを彷徨っているという報告があった。

妖精のオコナーが杖を一振りすると、その魂は犬の姿になった。

その犬の魂は元々チャップリンという映画スターの作品に出演した犬だったのだが、彼と離れ離れになり孤独死し、成仏しきれずに漂っていた。

妖精たちは彼をファントム・ドッグと呼び、イマジナリー・フレンド第一号にすることに決めた。

コバルトは10年に一度というルールを無視し、ファントム・ドッグとともに地球のチャップリンのもとへと向かうことになった。

「もしチャップリンに受け容れられなかったらどうしよう…」と終始そわそわしているファントム・ドッグに対してコバルトは「きっと大丈夫よ」とポジティブな言葉を贈ったが、根拠はなかった。



その夜、チャップリンが部屋でひとり休んでいると、強烈な光が猛スピードで彼のもとへと降り立ち、その中から人間の姿をした妖精が現れた。

ごきげんよう。私はコバルト・ブルー・フェアリー。コバルト・ブルーの名において、あなたにお友達を連れてきました。」

チャップリンは状況が飲み込めない様子で、マジックの種を暴こうとする子供のようにきょろきょろと彼女の様子を眺めていた。

チャールズ・チャップリンさん。あなたは人々に笑いや希望を与えてきました。あなたのさらなる活躍を祈り、このワンちゃんをお預けします。このワンちゃんはあなたと言葉をかわすことができる特別な犬です。きっとあなたの力になってくれることでしょう。ただし、もしあなたがしゃべる犬と友達であることを他の人間に口外した場合、あなたは夜空のお星さまに姿を変えてしまうことでしょう。」

チャップリンはコバルトの説明を聞いてギョッとした。

「ただし、あなたがこのワンちゃんとの出会いを拒むのであれば、今私と話している記憶を消去し、このワンちゃんを夜空のお星さまへとお返しします。」

今度はファントム・ドッグがギョッとした。

チャップリンは「うーん。ありがたい話だけど、遠慮しておくよ。」と答え、「僕のユーモアは僕自身で創り出したいから。」と続けた。

ファントム・ドッグは何とかしてチャップリンの力になりたいと考えており、「ここで星になるわけにはいかない」と言わんばかりに食い下がった。

チャップリンはコバルトの説明を聞いた上でファントム・ドッグに同情したのか、拒否自体を保留にすることとした。



チャップリンは『キッド』という長編の撮影を始めた。

『キッド』は放浪紳士と捨て子の少年キッドの交流を描いた作品で、チャップリンと天才子役ジャッキー・クーガンのコンビネーションが注目を集めた。

『キッド』はミルドレッドの離婚訴訟や、チャップリンが納得行くアイディアを出すまでに時間がかかったことで、苦労の多い作品となった。

ファントム・ドッグは熱心にチャップリンのもとに通ったが、大した力になれず自身を失っていた。

それでもチャップリンは人目につかないところでファントム・ドッグの話し相手にはなってくれるようになった。

チャップリン長編映画『キッド』の撮影に入る前、16歳のミルドレッド・ハリスと出会い、彼女の妊娠したという嘘にだまされて結婚したが、若い妻を迎えたチャップリンは批判を受けた。

二人の間には子供が生まれたが、わずか3日後に亡くなってしまったという。

子供…?

ファントム・ドッグはふと何かにとらわれたようにチャップリンの周りを調べ始めた。

ある確信に至ると撮影日の晩にチャップリンに尋ねた。

「チャーリー、『キッド』ってのは君自身の物語だね?放浪紳士のキッドへの愛情表現は、生まれたばかりのお子さんを亡くした君だからこそ語れる物語だ。それに、キッドと引き離されてしまう場面も、幼い頃に家族と引き離された貧しい頃の君のようだ。チャーリー、君のユーモアは確かに唯一無二だけど、一人で頑張りすぎないでほしい。おせっかいかもしれないけど、君に必要なことなら力を貸すよ。君が………そう、前に映画の撮影であの犬に優しくしてくれたようにね…」

ファントム・ドッグが一息でここまで話すと、チャップリンは彼の頭を優しく撫でた。

「君はそれを、僕のプライベートを調べるために時間をかけたのかい?」

チャップリンは彼を正式なイマジナリー・フレンドと認めた。

ファントム・ドッグの首輪のネームプレートには「マット・ツー」という新しい名前が刻まれていた。




<つづく>


登場人物

◆コバルト・ブルー・フェアリー
フェアリー・ホロウの妖精の学校の卒業生。
地球をより良くするための実習のメンバー。

◆ファントム・ドッグ
フェアリー・ホロウにたどり着いた犬の魂。
生前は映画への出演経験があった。

◆ルビー
フェアリー・ホロウの妖精。
赤い服がトレードマークで、人々に美しさを与える。

サファイア
フェアリー・ホロウの妖精。
青い服がトレードマークで、人々に希望の光を与える。

◆エメラルド
フェアリー・ホロウの妖精。
緑の服がトレードマークで、人々に素敵な歌を与える。

◆オコナー
フェアリー・ホロウの妖精。
動物や植物の生命についてのエキスパート。

◆マーガレット
フェアリー・ホロウの妖精。
赤ちゃんの笑い声に反応する、ものづくりの妖精。

◆ムーアクイーン
フェアリー・ホロウの妖精。
優秀な魔力を持ち、他の妖精たちから一目置かれている

◆ミルドレッド・ハリス
チャップリンの若妻。

◆ジャッキー・クーガン
チャップリンの共演者。
『キッド』で活躍した名子役。

チャールズ・チャップリン
アメリカを代表する喜劇役者「チャーリー」。
シルクハットをかぶった放浪紳士のキャラクターがトレードマーク。


史実への招待

ディズニーには様々な主人公がいますが、時として理不尽に「孤独」な者もいます。

王妃から命を狙われた白雪姫は狩人から見逃してはもらえたものの、一人ぼっちで得も言われぬ恐怖から逃げ惑います。

ダンボは母親のジャンボと引き離され、周りのおばさん象たちからは異物のような扱いを受けて非常に寂しい思いをします。

みにくいアヒルの子も家族から見た目が異なるという理由で仲間はずれにされていました。

白雪姫は森の中で泣いているところを動物たちに励まされ、そこから新たな仲間と出会っていきます。

ダンボもおばさん象たちに近づいていっても無視されており、その様子を見かねたねずみのティモシーに声をかけられ、逆転の人生を歩んでいきます。

みにくいアヒルの子も新たな居場所を求めて頑張りはしますが、諦めかけていたところに本来いるべき場所の家族に見つけてもらうことができました。

彼らは自分の力で孤独を切り開こうとして諦めかけていても、その様子を見てくれている気の良い仲間たちが手を差し伸べてくれたことでその状況を打破することができました。

ルイスと未来泥棒』では、孤独な主人公ルイスが登場しますが、孤独なのは彼だけではありません。

未見の方には、他の誰が孤独なのか、そして彼がどのようにその状況を突破していくのか、ぜひ鑑賞していただきたいと思います。

【連載】幻のねずみ #23『空想動物記I ファントム・ドッグ』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


1889年、チャーリーは誕生した。

彼はわずか5~6歳の頃、人気女優だった母ハンナの代役として舞台に立ち、その堂々たる振る舞いを見せていた。

その頃から舞台に立つことが彼の心の喜びであったが、一度で数名しか喜ばせることのできない舞台には物足りなさを感じており、いつしか映画の世界に飛び込んだ。

19歳になるとカーノー劇団に所属し、いつしか演じるだけには留まらず、監督も務めるようになった。

1913年、チャーリーはマック・セネットが設立したキーストン社と契約した。

キーストン社は看板スターのフレッド・メイズが抜けた穴を埋めるための新たなスターを探しており、セネットはチャーリーに映画を経験してもらうために数々な現場を見学させた。

チャーリーは初めての映画である『成功争ひ』の中で女たらしの詐欺師という役柄を演じた。

キーストン社の新人俳優であるチャーリーはなかなか自分の意見を言うことができず、アドリブのギャグをたくさん演じまくった。

しかし、彼のギャグは編集によって支離滅裂なものとされており、チャーリーはこの映画における自分の働きに落胆した。

彼にとっての2作目『ヴェニスの子供自動車競走』では、チャーリーはスタジオにあった即席の衣装で放浪紳士として登場した。

本作で初めて観客の前に登場したこのシルクハットにスーツ、ちょび髭を生やしたユーモラスな動きがチャーリー・チャップリンのトレードマークとして認知されることになる。



1914年、チャップリンは初めての長編映画「醜女の深情」に出演した。

翌年、チャップリンはエッサネイ社と契約して放浪紳士のキャラクターをさらに演じるようになった。

チャップリンのキャラクターは支持を集め、人気の俳優や歌手も彼のキャラクターを真似して演じるようになったが、彼ほどの愛嬌を表現できる人はいなかった。

その頃、チャップリンの兄であるシドニーの喜劇役者として映画界に進出することとなった。

チャップリンはマスコミの注目を得て、さらに有名になっていった。

エッサネイのスタジオでエドナ・パーヴァイアンスという女優と出会い、チャップリンと彼女は惹かれ合いながらも、30本以上もの映画で共演した。

チャップリンの仕事が忙しくなると、エドナは彼の仕事に嫉妬するようになり、気を引くために他の男に誘いをかけたりし、結局二人の関係は悪化した。



1917年、『チャップリンの移民』では、ヨーロッパから来た低層階級の移民というアメリカの悩みの種を描いた。

コメディではありながら、ロマンチックな内容も含める映画だったが、その点が一部の人からは受けれ入れられなかった。

チャップリン長編映画においては笑いだけでなく、観客を感動させる要素を意識していた。

ディズニーが初めて長編映画『白雪姫』を制作していたときと同じ考えである。

兄のシドニーとは仲が良く、シドニーは契約の交渉役として顔を出してチャップリンの地盤を支えることもあった。

チャップリンはいよいよ自分のスタジオを作り、ロンドン郊外の雰囲気を持つ理想的な場所を手にした。

チャップリンはこのスタジオで自分が全権を握った映画を制作できるようになった。

初めての映画出演で自分の意見をまともに言うことができなかった新人俳優の時とは大きな違いである。



1918年、第一次世界大戦が開戦していた。

ウォルト・ディズニー赤十字軍に参加していた頃、チャップリンも軍に志願したが、政府はチャップリンの人気を資金集めのために使うべきだと考え、それを却下した。

チャップリンプロパガンダの短編を制作し、シドニーが皇帝を演じた。

そして他のスターとともに公債を売るツアーに参加した。

その一方で、戦争をテーマにした『担へ銃』という映画を制作し、多くの人の反対意見を押し切って公開した。

笑いの中に戦争の恐怖と不条理を描いた本作は帰還兵の間でも人気を得て、蓋を開けると戦時中としては異例の大ヒットとなった。



この年には『チャップリンの犬の生活』という約40分の映画も制作された。

無職の放浪紳士チャーリーは、野良犬の群れにいじめられている犬を助け、スクラップスと名付ける。

スクラップスが強盗の埋めた財布を掘り当て、結果的にチャーリーが気になっていた酒場の歌手とともに幸せに暮らすという物語である。

チャップリンはこのスクラップスを演じる犬を探し出した。

その犬が無事に映画撮影を終える頃にはすっかりチャップリンになついていた。

しかし、4月になりチャプリンが前述の公債募集ツアーに出かけると、その犬はすっかり元気をなくし、食欲もなくなってしまった。

犬の亡骸はスタジオにて埋葬され、墓銘には『マット、4月29日、傷心にて死去。ここに眠る。』と記された。




<つづく>


登場人物

チャールズ・チャップリン
アメリカを代表する喜劇役者「チャーリー」。
シルクハットをかぶった放浪紳士のキャラクターがトレードマーク。

◆マット
チャップリンの犬の生活』でスクラップスを演じる犬。

◆ハンナ・チャップリン
チャーリーの母。舞台女優。

シドニーチャップリン
チャーリーの異父兄。
弟の作品に出演するほか、アイデアの提供も行った。

エドナ・パーヴァイアンス
チャーリーの共演女優。
『アルコール夜通し転宅』から数多くの作品に出演。

◆マック・セネット
キーストン社の設立者。
映画プロデューサーとしてチャップリンとも共作した。

◆フレッド・メイズ
キーストン社の元看板スター。

史実への招待

連載『幻のねずみ』は今回より過去編に突入します。

スポットを当てるのは、ウォルトにとって憧れのスターであり、後に友人ともいえるチャールズ・チャップリンです。

チャップリンはウォルトの少年時代に大きな影響を与えた人物でした。

1923年にウォルトがハリウッドに向かった時はチャップリンの撮影スタジオの近くを散歩したこともアリました。(第7回)

【連載】幻のねずみ #07『ウォルト・ビフォア・ミッキー(後編)』 - ディズニー データベース 別館

1932年から1937年まではディズニーの短編アニメーションを配給することになったユナイテッド・アーティスツチャップリンが出資した会社であり、二人は対面も果たしています。(第12回)

【連載】幻のねずみ #12『わんちゃん物語』 - ディズニー データベース 別館

その間には『サンタのオモチャ工房』『ミッキーの名優オンパレード』『ミッキーのポロゲーム』といった作品で、チャップリンをモチーフにしたキャラクターもアニメーションに登場させています。

ディズニーとユナイテッド・アーティスツとの関係は1937年で一度区切られることとなりますが、『空軍力の勝利』(1943年)でも再度配給を担当しています。

【連載】幻のねずみ #22『ラテン・アメリカへの旅』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


スタジオがストライキに揺れる中、国務省の映画部で働くジョン・ホイットニー部長から連絡があり、ぜひウォルトとディズニーのスタッフが南米を訪れ、アメリカのアニメーション映画の素晴らしさを広めてほしいという依頼であった。

当時、アメリカはまだ大戦には参戦しておらず、前年にチャップリンの『独裁者』がセンセーションを巻き起こした際も連合国を支持しつつも第三者的な立ち位置であった。

一方、南米ではドイツ系やイタリア系移民が多く、枢軸国側に同調するようだった。

そこでディズニーが親善旅行という形で南米を訪れることで、それを阻止したいというのがアメリカ政府の狙いであった。

ウォルトは行く先々でお偉いさんと握手して回るような親善旅行には興味が持てず一度は断ろうとしたが、映画製作のために南米へ行くのはどうかという提案には喜んで賛同した。

連邦政府はウォルトらの旅費を負担し、また南米をテーマにした映画に対し制作費を貸し出すと提案してくれた。

1941年8月17日。

ウォルトと妻のリリーはロケ隊を伴ってロサンゼルスから南米に向けて出発した。

南米でもディズニーの人気は上々で、ウォルトは行く先々で群衆の熱烈な歓迎を受けた。

旅先で兄のロイから電報を受け取り、父の死を知った。

母に引き続き、父の最期も看取ることはできなかった。



旅先では南米の文化に触れ、それぞれの出会いから受けたインスピレーションをもとに短編映画をいくつか制作した。

ボリビアとペルーにまたがるチチカカ湖アンデスで出会った現地住民やラマなどの暮らし。

アンデスを越えてチリへ飛んだ時に見たアコンカグアなどの立派な山々。

アルゼンチンのブエノスアイレスで聞いた南米版カウボーイことガウチョの風俗。

そしてブラジルの雄大な自然や文化は水彩画として表現するのにピッタリだった。

これらは『ラテン・アメリカの旅』という短編集としてまとめて公開することにした。

私はと言うと、ウォルトほどではないがストライキの現状を目の当たりにするのに疲れ果て、ちゃっかりこの十週間の旅行についてきていたのである。

ブラジルで私はパパガイオというオウムのイマジナリー・フレンドと出会い、話に花を咲かせた。

パパガイオもミッキーが好きで、とりわけドナルドの大ファンなのだという。

私は「ダックも連れてきてやればよかったかなぁ」と思った。

ウォルトたちが帰国する頃には、ロイや弁護士たちのおかげでストライキは概ね収拾していた。



1941年12月。

『ダンボ』はこの月のタイム誌の表紙を飾る予定になっていたが結局お蔵入りとなり、代わりに表紙を飾ったのは東郷平八郎だった。

12月7日、真珠湾が日本の戦闘機の奇襲を受け、いわゆる太平洋戦争が開戦していたのである。

ディズニーのスタジオはその大部分を高射砲部隊の基地として接収されることになり、陸軍がスタジオに駐留することになった。

ディズニーは国民の戦意高揚に一役買うためのプロパガンダの制作を依頼され、『ふしぎの国のアリス』『ピーター・パン』『たのしい川べ』などの長編映画の制作を延期せざるを得なくなった。



1942年のある日。

私はハリウッドにあるIFAの事務局へとやってきていた。

イマジナリー・フレンドはこの世に生まれた瞬間、オーナーとともにコバルト・ブルー・フェアリーという妖精から彼らのルールについて聞くことになっている。

しかし私はイレギュラーで、この世に突然誕生し、ウォルトとともにそうした説明を受けることはなかった。

10年前、私はチャップリンのイマジナリー・フレンドであるマット・ツーに連れられて初めてここに訪れた際、コバルト・ブルー・フェアリーと話をする機会をもうけてもらった。

だが、一時の感情でその場を離れてしまい、結局コバルト・ブルー・フェアリーと話すことはできなかった。

今日は10年に一度、コバルト・ブルー・フェアリーが定例的にロサンゼルス事務局を訪れる願ってもないチャンスなのである。

なぜ最初の説明を受ける機会がなかったのか、なぜネズミなのに人間と同様の色が認識できるのか、フクロウが私に対して「お前の居場所はそこか?」と尋ねてきたのは何なのか、などなど私には自身に関する疑問が多い。

その疑問を妖精にぶつけるため、何ヶ月も前からこのタイミングを事務局のスタッフにこっそり尋ねては笑われていた。

私が緊張した面持ちでロビーに座り込んでいると、窓の外の星が事務局へと急スピードで近づいてきた。

私が眩しさのあまり目を背けると、次に顔を入口へ向けた時には大きな羽を持った人間のような姿の女性が立っていた。

私は他の仲間と同じく、初めて出会うコバルト・ブルー・フェアリーに挨拶した。

彼女はコングや事務局の人とひととおり話して用事を終えると、マット・ツーとともに私を奥の部屋へと連れていくと、念入りに鍵を閉めた。

マット・ツーはバツが悪そうに「マウスさん。私はあなたにお詫びしなければなりません。」と口を切った。

「実は私が初めてあなたに接触したのは、ユナイテッド・アーティスツにディズニーさんをお誘いしようと思ったからではないんです。」




<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。

リリアン・ディズニー
ウォルト・ディズニーの妻。
ミッキーマウスの名付け親でもある。

◆パパガイオ
ブラジルに住むオウムのイマジナリー・フレンド。
ドナルドダックの大ファン。

◆マット・ツー
シルクハットをかぶった紳士風の雑種犬。
マウスにイマジナリー・フレンドについて教える。

◆コバルト・ブルー・フェアリー
マット・ツーにIFAの統括を任せている妖精。
10年に一度だけ地球を訪れる。

◆フクロウさん
IFAで長年預かられている身元不明のフクロウ。
常に眠っており、ほとんど目を覚ますことはない。


史実への招待

ディズニーの南米旅行で生まれた映画『ラテン・アメリカの旅』には緑色のオウム、ホセ・キャリオカが登場します。

ホセとは英語圏でジョー、キャリオカは現地の人を現す言葉であり、アメリカ人から見たブラジル人のステレオタイプが盛り込まれた陽気なキャラクターです。

戦時中、ヨーロッパでの映画上映が禁止されていたディズニーにとって南米は大切な市場であり、そのプロモーションとしてご当地キャラのホセも貢献したといいます。

『三人の騎士』ではドナルド、メキシコ出身のおんどりパンチートとトリオを結成しました。

ホセとパンチートは長年マイナーキャラクターという位置づけでしたが、近年ではドナルド繋がりでミッキー&フレンズやダックファミリーとの共演も増えています。

日本でも一部のコアなファンに愛されていたホセとパンチートは2010年代にテーマパークを中心にブレイクを果たし、1994年からそれぞれ吹替を担当する中尾隆聖さんと古川登志夫さんのお気に入りのキャラクターとしても挙げられています。

2018年には新設定のアニメシリーズ『三人の騎士の伝説』(それも一話完結形式ではなく、全13話の連続もの)が配信されるなど、優遇されてきているキャラクターと言えるでしょう。

【連載】幻のねずみ #21『はなれても いっしょ』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


1941年、『ダンボ』を作っている間のスタジオは赤字のほかにも重大な問題を抱えていた。

『白雪姫』の大成功でバーバンクに建設したスタジオはたいそう立派なものではあったが、アニメーションを制作するためにすべてが合理化され、創造性が失われつつあった。

組織も大きくなり、かつてはウォルトの家族のようだった従業員も、人数の増加に伴い面識のない社員も増えていた。

社内の上下関係も厳しくなり、脚本家や男性アニメーターは給与の面でも福利厚生でも大幅に優遇されていたが、色塗り担当の女性スタッフは恵まれない状況にあった。

ウォルトは知らなかったが、私はスタジオの中を這いずり回っている中で、不満を持つスタッフの声を何度か聞いたことがある。

しかし、ウォルトは「このスタジオは私の家族のようなものだよ」とごまかした。

そんなウォルトを説得しようとしたのは意外な人物であった。

彼はグーフィーの生みの親であり、長編映画でも主要な役割を手掛けた優秀なアニメーターのアート・バビットであった。

バビットはいわゆる成功者であり、仕事をこなせる高給取りであったが、待遇の悪い他のスタッフへの同情心に溢れ、正義感も強かった。

バビット「ウォルト、知ってるかい?この間、スタジオでアシスタントの子が倒れてしまっただろう?」
ウォルト「あぁ、そうらしいね」
バビット「この恐慌のせいで彼女の夫は疾走してしまったらしい。彼女は週給16ドルだから蓄えも足りないし、昼食を抜いて栄養失調になったらしいんだ。」

ウォルトはこうした重要な話すら聞くことを嫌がった。

ハリウッドでは漫画映画化組合のハーバート・ソレルがディズニー・スタジオにも組合を作らせようとしており、強硬的な姿勢が目立った。

2月10日、ウォルトは従業員を講堂に集めてスピーチを行った。

彼は自身の弱さをさらけ出し、より良い作品づくりのためには団結が必要だと説明した。

しかし、彼の演説は火に油を注ぐ結果となった。

「社員を家族のように思っていると言いながら、ウォルトは自分を特別だと思ってるんじゃないか」とか「ウォルトとロイが受け取るべき役員報酬の多くを従業員にボーナスとして還元してやってるような口ぶりだった」とか「不公平な待遇に声を上げた人たちのことを駄々っ子のように扱った」といった感想が蔓延し、従業員の多くは激怒した。

バビットもこの演説を機に組合加入への決意を固め、数名の従業員が彼に追随した。

それを知ったウォルトはバビットの行為を個人的な裏切りと受け止め、「君が一日中どれだけの絵を描いて貢献しようが、従業員を労働組合に入れるのをやめなかったら、君を正面玄関から放り出してやるからな」と廊下で言い放った。

1941年5月28日、ディズニーは勤務時間内に組合活動をしていたことを理由に、バビットを解雇した。

この知らせは瞬く間にバーバンクのスタジオに知れ渡り、その晩従業員たちはウォルトへの対抗を強く決意した。



朝になり、ウォルトがスタジオに来るとすでにデモ行進が始まっていた。

従業員の掲げるプラカードは私が言うのなんだがユーモアに溢れており、ピノキオの「俺たちは操り人形じゃないぞ」といったイラストや、「俺たちは人間だ。ネズミじゃない。」といった私にはなんとも言えないものまで揃っていた。

ストライキにはアニメーターの半数が参加しており、待遇の悪い低賃金の従業員だけでなく、ウォルトが信頼する顔も数名いた。

ディズニーだけでなく他の会社のスタジオの人も便乗して参加していた。

アニメーターは自分たちが解雇されることを恐れ、給与体系が不透明だと主張したり、クレジットに名前を載せることを要求したりした。

ウォルトら経営者側も交渉に応じたが、従業員側がウォルトの提案には応じようとしなかった。

当時のハリウッドでは、共産主義という亡霊を悪者にすることが流行っており、ウォルトもこのストライキ共産主義による陰謀だと思い込もうとしていた。

この出来事が、成功者となったウォルトは部下との間の溝に初めて気付いたきっかけであり、また彼が従業員を家族だと思わなくなったことの大きなきっかけでもある。



ストライキでウォルトは疲弊していたが、私も仲の良かったスタジオの仲間同士が争っている姿は見るにたえず、気が滅入ることもしばしばあった。

しかし、一番堪えたのは私とダック宛てにある手紙が届いた時だった。


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親愛なる友人たちへ。

いつもオイラと仲良くしてくれてありがとう。

この間、マウスが「君は誰のイマジナリー・フレンドなの?」と聞いてきたことを覚えてるかい。

オイラはあの時、マウスの言っていることがわからなかった。

でも、今はわかった。

オイラはアート・バビットさんってヒトのイマジナリー・フレンドみたいだ。

イマジナリー・フレンドってのが何かよくわからないけど、これからはディズニーを去るバビットの力になれるようにオイラなりにがんばっていくよ。

最後になるけど、ディズニーさんがオイラと遊んでくれたり、プルートやグーフィーのヒントにしてくれたのは嬉しかった。

もちろん君たちと過ごしたことも忘れないよ。

愛を込めて パップ

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<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆フクロウさん
IFAで長年預かられている身元不明のフクロウ。
常に眠っており、ほとんど目を覚ますことはない。

◆ジョー・グラント
ディズニーのアニメーター。
キャラクターデザインやストーリーを手掛ける。

◆ディック・ヒューマー
ディズニーのアニメーター。
ストーリー・ディレクターを手掛ける。

ベン・シャープスティーン
ディズニーのベテラン監督。
ピノキオ』や『ダンボ』を手掛ける。

◆オリバー・ウォレス
イギリス出身の音楽家
ディズニーを中心に活動している。

◆フランク・チャーチル
ディズニーの音楽家
『三匹の子ぶた』や『白雪姫』でヒット作を生み出す。

◆ネッド・ワシントン
アメリカ出身の作詞家。
『星に願いを』が好評を博した。


史実への招待

グーフィーの生みの親であるアート・バビットは優秀なアニメーターとして評価され、初期の長編映画『白雪姫』『ピノキオ』『ファンタジア』『ダンボ』などでも活躍しました。

バビットは父親を亡くしたことをきっかけに、アイオワ州からニューヨークへと移住してキャリアをスタートさせました。

テリートゥーンのスタジオでビル・タイトラと出会ったバビットは彼に連れられてディズニーへと移籍しました。

当初はアシスタントだったバビットはすぐに頭角を現し、アニメーターに抜擢された『田舎のねずみ』はアカデミー賞受賞作品となりました。

『白雪姫』ではヴィランである王妃のアニメーターを担当しました。

同作では後の妻となる、白雪姫のモデルを務めるマージョリー・ベルチャーと出会いました。

アニメーターとしてはかなりの高収入となったバビットですが、他の低賃金のスタッフの待遇について疑問を持っていたようです。

【連載】幻のねずみ #20『空飛ぶ象の育て方』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


しばらくするとIFAから電報が届き、フクロウさんを他の動物のところへと受け渡すことになった。

私はフクロウさんにかけられた言葉が気になっていたが、あれ以来大きな動きはなかったので、とりあえず彼には帰ってもらうことにした。



1940年は二本の大作映画が封切られた。

2月に公開された『ピノキオ』は、大ヒット作『白雪姫』に続く長編アニメーション第2弾として、芸術性の高さや最新の特殊効果、ジミニー・クリケットの歌う『星に願いを』などを宣伝し、熱心に売り込みを行った。

私も無意識にウォルトを応援していたのか、自然とほかのイマジナリー・フレンドに会う際には『ピノキオ』がいかに素晴らしいかを力説していた。

ピノキオ』は確かに最高傑作の域に達していたが、『白雪姫』の二倍もの制作費を使い果たしており、赤字となってしまった。

新スタジオの建設や新作の資金調達など金銭面は苦しくなったが、4月にはバーバンクへの引っ越しが完了した。



11月には『ファンタジア』が公開された。

『ファンタジア』といえば、ストコフスキーとレストランでばったり出会ったことをきっかけに動き出したプロジェクトで、クラシック音楽にアニメーターたちが想像した世界の映像をつけ、それぞれの分野の専門家にも協力してもらった現代の芸術家たちの挑戦の映画であった。

楽曲の中にはシューベルトの『アヴェ・マリア』も含まれていた。

スタッフの中には「こういう曲を漫画にするべきじゃないと思う」と言う者もいたが、ウォルトは「これはただの漫画じゃないんだよ。その先に行かなきゃ。」と答えたことからも、この映画への強い思い入れが見受けられた。

いくつかのクラシック音楽を複数上映するオムニバス形式であったことから、数曲を入れ替えて再上映をし続ける演奏会方式を考案していたのだが、この案は音響にも及んでおり、コンサートホールのような本格的な音楽を楽しんでもらうために最新技術の立体音響ファンタサウンドを採用した。

ディズニーはこのファンタサウンドを劇場に売り込み、操作スタッフはディズニー側で雇って訓練して派遣した。

ファンタサウンドの導入には約3万ドルもかかることから、『ファンタジア』一本のためにこのシステムを設備導入してくれる劇場は少なく、本作の経済的損失は『ピノキオ』の比ではなかった。

IFAの仲間たちは『ファンタジア』を絶賛してくれた。

仲の良い動物たちはもちろん、顔見知り程度の動物たちも「見たよ」と声をかけてくれた。

彼らは小型化した姿で劇場に忍び込んで映画を見ているので、尤も売り上げには誰ひとりとして貢献していないのだが。

哲学者か何かのイマジナリー・フレンドからは「あの抽象的な表現にはどのような意図があるんだ」と熱心に訊かれたが、質問の意味がよく分からなかったので「今度ウォルトに訊いておくよ」とごまかした。

世界は昨年の英独戦争から始まる世界大戦に戦争に突入しており、ヨーロッパのチケットの売れ行きは振るわず、海外からの興行収入は6割程度に落ち込んだ。

配給会社のRKOもさすがにこれ以上の赤字は出せないから、とディズニーに西部劇と同時上映する用に短くカットするようにと申し入れた。

完璧主義者のウォルトもさすがにこの案を受け入れざるを得ないぐらいの損失を生み出していた。



ディズニーが次に控えていた長編映画の『バンビ』も、『ピノキオ』や『ファンタジア』と同様、芸術性を追求した高コストの作品であった。

この時、ウォルトはケイ・ケイメンから象を主人公にしたパノラマ絵本を教えてもらって企画していた短編映画『ダンボ』を長編映画に昇格することを考えていた。

ジョー・グラントとディック・ヒューマーは『ダンボ』のストーリーを考え抜き、キャラクターの動物も原作から変更し、ウォルトに1章ずつ渡して焦らしながらプレゼンテーションをした。

ウォルトは脚本を気に入って長編映画化を即決し、スタジオは『ダンボ』と『バンビ』の二本体制で動き始めた。

高コストの作品を連発していたため、最後の砦である『ダンボ』が失敗したら後がないという状況だったため、ウォルトは『ダンボ』を低コストに抑えるため、その重要な役職をベン・シャープスティーンに任せた。

考え込まれた脚本のおかげでストーリーボードも無駄なく作られ、アニメーション制作の段階でカットとなるシーンは『白雪姫』と違って、ほとんどなかった。

『ダンボ』は予算削減のための新たなテクニックをも生み出した。

芸術性の『バンビ』に対して『ダンボ』はポップで可愛らしい作風にしてスケッチ段階の背景画をコピーしたものを実際の背景として使ったり、『ピノキオ』や『バンビ』と比べて特殊効果を減らして見栄えのある映像に仕上げた。

『ダンボ』は短編を主にした古株のスタッフが担当しており、彼はディズニーの社内研修を受けて洗練した絵を描くと言うよりは、ニューヨークなどで自分のスタイルを試行錯誤してきた経験豊富なメンバーが揃っていた。

『ダンボ』でもウォルトは物語の進行に歌を使うことを決めており、オリバー・ウォレス、フランク・チャーチル、ネッド・ワシントンが楽曲に参加した。

ワシントンの言葉選びは非常に愉快で、カラスたちの歌にその面白さが表れていた。



<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆フクロウさん
IFAで長年預かられている身元不明のフクロウ。
常に眠っており、ほとんど目を覚ますことはない。

◆ジョー・グラント
ディズニーのアニメーター。
キャラクターデザインやストーリーを手掛ける。

◆ディック・ヒューマー
ディズニーのアニメーター。
ストーリー・ディレクターを手掛ける。

ベン・シャープスティーン
ディズニーのベテラン監督。
ピノキオ』や『ダンボ』を手掛ける。

◆オリバー・ウォレス
イギリス出身の音楽家
ディズニーを中心に活動している。

◆フランク・チャーチル
ディズニーの音楽家
『三匹の子ぶた』や『白雪姫』でヒット作を生み出す。

◆ネッド・ワシントン
アメリカ出身の作詞家。
『星に願いを』が好評を博した。


史実への招待

ディズニーのアイデアマン、ジョー・グラントとともに『ダンボ』のストーリーをウォルトにプレゼンしたディック・ヒューマーはディズニーのなんでも屋と称される人物でした。

ディックはラウル・バールやマックス・フライシャーを経て、ディズニーの因縁の相手でもあるチャールズ・ミンツのスタジオにも勤務していました。

1933年にディズニーに移籍した後は、シリー・シンフォニーの『うさぎとかめ』『アリとキリギリス』や、『ミッキーのライバル大騒動』『ミッキーのお化け退治』といった後世に残る名作に携わりました。

アニメーターの他にもストーリー・ディレクターとしての顔も持ち、『ダンボ』以降の長編映画にも多く貢献しました。

『ファンタジア』にもストーリー面で貢献しており、ウォルトがクラシックの音楽家に触れるきっかけを与えた人物だったのではないか、とウォード・キンボールは証言していました。

一時的にディズニーを離れていた期間もありますが、後年にはディズニー映画をモチーフにした新聞の連載た、ディズニーのテレビ番組などでも活躍しました。

【連載】幻のねずみ #19『芸術家たちの挑戦』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


ウォルトは『ピノキオ』でも主人公を支える脇役の重要性は常に意識していた。

彼は原作に登場するチョイ役のコオロギをピノキオの良心役にして、映画全体でピノキオのサポートをさせようとした。

ウォルト「このコオロギのデザインはとても重要な役割なんだ。誰に任せようか決めかねているからコンペにしようかと思ってるんだけど、君はどう思う?」
マウス「ウォードがいいんじゃないかな。ピノキオの良心はしっかり者だけど、映画全体を引き立てる役どころなら愛されるような茶目っ気も表現しないといけないだろう?彼ならうってつけだと思うよ。」
ウォルト「確かに君の言うとおりだ。アニメーターそれぞれの細やかな表現力にも目をつけているなんて、君はさすがディズニー・スタジオの古株だね!」

彼に仲間と認められて少し照れくさかった。

マウス「そんなことより、彼は白雪姫のスープのシーンを削られてひどくショックを受けてたよ。スタジオを辞められる前に早いところ頼んだほうがいいんじゃないかね」

結局、ウォルトはコオロギのデザインをウォード・キンボールに任せることになった。

ウォードはコオロギを擬人化したデザインをいくつか考えたが、リアルな昆虫は可愛いキャラクターというよりもまさに昆虫図鑑そのもののような風貌なのであった。

そこでもっと人間のキャラクターのようなデザインに寄せて描くことにすると、ウォルトもだんだん気に入ってきた。



『白雪姫』を制作していた時、ウォルトには一つ気がかりがあった。

当初のミッキーは茶目っ気たっぷりで、音楽に合わせて素っ頓狂ないたずらをしては観客たちを喜ばせてきた。

ミッキーはディズニーの顔となっており、ハイペリオンのスタジオの看板にもミッキーの顔は描かれていた。

次第にミッキーはおとなしく丸い性格になり、デビュー当初のような役柄をこなせなくなり、優等生のようなアイコンになりつつあった。

短気でドタバタなドナルドや、おとぼけ連発のグーフィー、表情豊かな忠犬プルートの人気が高まると、ミッキーの人気は下火になりつつあった。

そこでウォルトはゲーテの詩に触発されてデュカスが作曲した『魔法使いの弟子』をアニメ映画化し、ミッキーをその主人公にすることを決めた。

1937年に楽曲の使用権を得たウォルトは有名な指揮者を起用したいと考えていたが、彼はハリウッドのチェイスン・レストランで一人食事をしている時に、遠くのテーブルでフィラデルフィア管弦楽団のレオポルド・ストコフスキーがいるところを見かけた。

ウォルト「ストコフスキーさん、お久しぶりです」
ストコフスキー「これはこれは、ディズニーさんではないですか」

ストコフスキーは三年ほど前にディズニーのスタジオを訪れて以来、ウォルトと文通する仲であった。

ウォルトは『魔法使いの弟子』のコンセプトについて話し始めた。

ウォルトとストコフスキーが話している間、私はストコフスキーのイマジナリー・フレンドであるコマドリのロビンと話した。

私とロビンは初対面で、ロビンは私からシリー・シンフォニーの話を興味津々に聞き入っていた。

話がひと通り落ち着いたところで、私はロビンにフクロウさんのことについて訊ねた。

マウス「今、私のところでフクロウさんを預かってるのですが、ロビンさんはフクロウさんのことをご存知ですか?」
ロビン「あぁ、フクロウさんですね。二年ほど前に私のところでしばらくお預かりしましたよ。」
マウス「その時、フクロウさんは何かを思い出されましたか?」
ロビン「いや、ほとんど寝てただけですね」
マウス「何か気になったことは言われませんでしたか?たとえば、あなたの居場所のこととか…?」
ロビン「居場所…?いえ、特に思い当たることはありませんね」

ウォルトとストコフスキーは『魔法使いの弟子』について、その晩さらにミーティングを重ねることとなった。

ミーティングを終えると帰り際に、ウォルトが「今日、ストコフスキーさんと巡り合わせてくれたのは、また君のお手柄かい?」と私に訊ねた。

「まさか」と私は答えた。

本作のミッキーはフレッド・ムーアのアレンジにより、従来と比べて人間的な魅力のあるキャラクターに進化していた。

魔法使いの弟子』はシリー・シンフォニーの4本分ものコストがかけられており、ロイはこの作品の収益を不安に感じ始めた。

これを好機と捉えたウォルトはいわゆるミッキーマウス・シリーズの一本としてこの作品を終わらせるつもりはなく、新たな構想を考えていた。



ロイ「演奏会のような映画だって?」
ウォルト「そうだよ、兄さん。『魔法使いの弟子』だけでなくて、色々な曲をやるんだ。何度も公開できるよう、しばらくしたら一部の曲を新しい曲と入れ替えていく。そのたびに新しいパンフレットも作る。まさに演奏会さ。」

ウォルトは常に新しいアイディアを持っており、ロイが驚かされると同時に私も驚いた。

ウォルトはストコフスキーとこの『ファンタジア』で使うための選曲を始め、私もそれから何度かロビンと会った。

『ファンタジア』は収録作品の多くが抽象的なアニメーションで構成されており、ディズニーのスタジオにはバレエの振付師や天文学者、恐竜の専門家が出入りするようになった。

これはウォルトと現代の芸術家たちの挑戦であり、彼らの完璧主義が徹底されるに従い、制作費はかさむ一方であった。

1938年11月27日、ウォルトとロイに父のイライアスから辛い知らせが入った。

ウォルトたちのプレゼントした新居にガスボイラーの不具合があり、母のフローラが漏れたガスの中毒で倒れ、帰らぬ人となってしまったのである。

ウォルトはそれから、私にすらそのことについて話そうとはしなかった。

彼にはまだまだ山のような量の仕事が待っていたのである。



<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。

◆ウォード・キンボール
ディズニー・スタジオのアニメーター。
ジミニー・クリケットの担当を任される。

◆フレッド・ムーア
ディズニー・スタジオのアニメーター。
『ファンタジア』のミッキーを担当する。

◆レオポルド・ストコフスキー
フィラデルフィア管弦楽団の指揮者。
ウォルトの文通仲間でもある。

◆ロビン
歌が得意なコマドリ
レオポルド・ストコフスキーのイマジナリー・フレンド。

◆フローラ・ディズニー
ウォルトとロイの母。
二人の事業を優しく応援している。

◆イライアス・ディズニー
ウォルトとロイの父。
息子の事業を厳しい目で評価する。

史実への招待

『ファンタジア』の中で最も有名なセグメントといえば、やはり『魔法使いの弟子』でしょう。

『ファンタジア』はクラシック音楽弐アニメーターたちがの映像を重ねた傑作であると同時に、可視化したアニメーションによって想像の余白を奪ってしまうといった賛否の声も挙がる側面を持っていました。

収録曲の中で唯一、ポール・デュカスの『魔法使いの弟子』は原作のストーリーに則った物語が描かれています。

物語を書いたのはドイツの詩人、ゲーテ

彼はデュカスの楽曲に失敗をしてしまうおっちょこちょいの魔法使いの弟子の物語を書きました。

本作では魔法使いの弟子をミッキーが茶目っ気たっぷりに演じてみせました。

彼のトレードマークとも言える青いソーサラー・ハットですが、映画を見ると分かるように実は師匠イェン・シッドから無断で借りた物。

余談ですが、『キングダム ハーツII』でイェン・シッドが被っている帽子は独立したオブジェクトとなっているため、帽子を取り外すとハゲます。

【連載】幻のねずみ #18『嘘をつくレッスン』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


『白雪姫』の成功にあぐらをかくこと無く、ウォルトは新しい長編映画の計画を始動させていた。

いくつかの候補のうち、ストーリーが固めやすかった『ピノキオ』が第2作として選ばれることになった。

『白雪姫』の時は短いおとぎ話を80分の長編映画にするべく物語を膨らませていく作業をしていたウォルトだったが、今回は原作が長編小説であったため、どの要素をアニメーションに採用するか苦労することとなった。

映画の一番重要なポイントはピノキオをどのように描写するかであった。

原作のピノキオはなかなかの悪ガキであり、そのままの性格でアニメ化しても観客からの共感は得られないし、感情移入して観てもらえないことになってしまう。

ピノキオのキャラクターやデザイン調整はなかなか難航した。



私は呼び出しを受けてダックとともにIFAの事務局へと向かっていた。

マウス「ウォルトが今度は『ピノキオ』を長編アニメでやるらしい」
ダック「そうですか。それは楽しみですね。」
マウス「ダック、君はピノキオの話を知っているかい?」
ダック「もちろんですよ。操り人形の鼻が伸びるお話でしょう。」

それで話を知っているというかはいささか疑問である。

マウス「ピノキオは悪いことをすると鼻が伸びるんだよ。嘘を付くとだね。」
ダック「そりゃ、嘘はいけませんからね」
マウス「君はウソをついたことはないのかい?」
ダック「私はありませんね。つく必要性もありませんから。」

生きていれば誰しも嘘をつく経験はあると思っているが、彼のように自信を持って嘘をついたことはないといえる者も中にはいるんだろうなぁと漠然と考えて歩き続けていた。

事務局へ到着すると、ゴリラのコングがロビーで待ち構えていた。

コング「いらっしゃい、よく来てくれたね、マウスさん。光の回廊は出せるようになった?」
マウス「目下練習中です。」

挨拶もそこそこに、コングは本題に入った。

「我々、IFAではしゃべる動物たちの色々な問題に取り組んでいるだけどね、今回は君たちにもあることをお願いしたいんだ。」

コングがそういって連れてきたのは年老いたフクロウだった。

フクロウは気持ちよさそうに眠りながら歩いてきた。

「起きてください、起きてください!」

コングに力強く揺さぶられると、フクロウは首をぐらんぐらんさせて驚いて目を覚ました。

「こちらが今日からお世話になるマウスさんとダックさん。お二人とも、ウォルト・ディズニーのアニメーション・スタジオにお住まいなんですよ」

コングはフクロウに私たちのことを紹介した。

マウス「あの、こちらのフクロウさんは…?」
コング「彼は何十年も前からこちらの事務局でお預かりしているフクロウさんなんですが、彼がどこから来たのか誰のイマジナリー・フレンドだったのか一切覚えていないそうなんです。そこで色々なイマジナリー・フレンドさんのもとに居候して、何か記憶が蘇ればいいなと思っているんです。突然ですみませんが、今日からはマウスさんとダックさんのもとでお預かりいただきます。」
マウス「えっ、そんな突然言われましても…」
コング「大丈夫。フクロウさんは昼も夜もずっと寝ていますから。」
マウス「それはお預かりする意味あるんでしょうか……」



私はフクロウさんをスタジオへ連れて帰ると、彼をどこへ住まわせようかダックと考えた。

ダック「まずこのサイズじゃ大きすぎます。指パッチンで100分の1サイズに縮めましょう。」
マウス「でも指パッチンは自分でやらないと小さくなれないんだよね」
ダック「じゃあ起きた時にパッチンしてもらいましょうか」

それから一週間が経ったが、フクロウさんは一向に起きる気配がなかった。

ある日、私とダックはこれ以上彼を隠しておくのも大変だと思い、一度夜に起こしてみようという結論に至った。

ダックが来るのを待っている間、私が部屋の掃除をしていると背後から鋭い声が聞こえてきた。

「なぜ、お前はそこにいる?」

私が振り向くと、うつろな目をした、それでありながら鋭い眼差しのフクロウさんが私のほうをじーっと見ていた。

マウス「え、私ですか?今日はダックと約束をしていましてそれまでの間…」
フクロウ「そこはお前の居場所だったか?」

フクロウさんは私の言葉を遮って続けた。

マウス「あの、フクロウさん。居場所というのは一体……」

驚いて私がフクロウさんに近づいた頃には、彼はいつものようにすやすやと寝息を立てて眠っていた。

お前の居場所…?

私が呆然と立ち尽くしていると、ダックがやってきた。

ダック「お待たせしました。さっそくフクロウさんを起こしてみましょうか?」
マウス「あ、いや。今日はフクロウさんも疲れているみたいだし、また今度にしてみないか?」
ダック「いつも寝てるんだから疲れてるってことはないと思いますが…。マウスさん、もしかして何かあったのですか?」
マウス「いや、なんにも!」

私はとっさに嘘をついた。

つく必要のある嘘だったのかはわからないが、いまフクロウさんが目覚めたら何を言われるのか不安に感じている自分は確かにそこにいたのであった。




<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ダック
マウスの友人である礼儀正しいアヒル
クラレンス・ナッシュのイマジナリー・フレンド。

◆コング
IFAのボディガードを務めるゴリラ。オーナーはいない。

◆フクロウさん
IFAで長年預かられている身元不明のフクロウ。
常に眠っており、ほとんど目を覚ますことはない。


史実への招待

『白雪姫』で七人のこびとという魅力的な仲間たちを生み出したディズニーが『ピノキオ』(1940年)で作り出したのはジミニー・クリケットでした。

原作ではチョイ役だったジミニーは名アニメーターのウォード・キンボールによって魅力的なキャラクターとなりました。

ジミニーは多彩なキャラクターで、ディズニーのスタンダード『星に願いを』も彼の歌唱による楽曲です。

この良心として人を導くというキャラクターから、テーマパークのキャストの指導係の象徴としても使われています。

1947年にはオムニバス映画『ファン・アンド・ファンシー・フリー』の進行役を務めました。

1950年代には良心らしく、子供向けの教育エピソード『I’m No Fool』『僕だってできるよ』シリーズの主演も担当しています。(一部エピソードは『ピノキオ スペシャル・エディション』(旧版)にも収録)

1980~90年代に日本で発売されたビデオ作品の中には、ジミニーが司会を務めるオムニバスもののアニメーションもいくつかあったことから、彼に司会者のイメージがある方もいるのではないでしょうか。

1983年には『ミッキーのクリスマスキャロル』で過去のクリスマスの亡霊役を演じ、さらには同作のプロデューサーも担当していました。

【連載】幻のねずみ #17『望みを叶える映画』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


1937年の初めの時点で、クリスマスまでに映画を完成させるというスケジュールは大幅に遅れていた。

それでもスタッフたちは良い作品を作るために時間と金と手間を惜しまず働いた。

ウォルトは私財を投じるために何もかもを抵当に入れたし、速くいい絵を描けるアニメーターにはボーナスを出した。

遠近法を表現するマルチプレーン・カメラも起用し、時間はかかったがその価値ある映像を作り出すことはできた。

スタジオは12時間の交代制で、昼夜スタッフが出入りした。

難航した白雪姫のデザインはアルバート・ハーターによって上品で可愛らしいものへと落ち着き、白雪姫のモデルはバレエ・ダンサーのマージ・チャンピオンが務めた。

ウォルトは白雪姫は顔が白すぎると思っていたが、彩色担当の女性が赤い染料で陰影をつけたことで、より本物の人間らしい美しい肌になった。

映画作りにおける最大の難関は、観客がアニメーションの登場人物に感情移入できるかどうかだった。

これまでの短編アニメーションではギャグを用いて観客を笑わせることはできても、観客をハラハラさせ、ましてや涙を流させるようなことはあまりなかった。



本作では、音楽や劇中歌でストーリーを語ることを目指した。

主人公の願いを『私の願い』、夢を『いつか王子様が』というソロの楽曲で歌わせた。

後者は白雪姫がこびとたちに向けて自分の夢を歌う楽曲で、彼女の歌にうっとりと聴き入るこびとたちを映し出すショットを挿入した。



製作も終盤に近づく9月頃になると、ウォルトはスタッフが持っていた『ピノッキオの冒険』に関心を持ち、本を読むうちに次回作の候補のひとつとして頭の片隅に置くようになった。

映画の編集は公開のギリギリまで行われ、公開4日前にリテイクされたものまであった。



12月21日、カーセイ・サークル・シアターで『白雪姫』のプレミアは行われた。

ウォルトは上映中、ずっとそわそわしており、隣で妻に手を握ってもらっていた。

観客はおとぼけの登場シーンでは手を叩いて大笑いし、白雪姫が毒を盛られて眠りにつくシーンでは涙を流した。

ろうが溶けて滴る様子や、動物を流れて伝う雨の描写はこびとたちの涙であり、また観客の涙でも合った。

スクリーンにThe Endという文字が映し出されると、観客は皆拍手喝采だった。

私とダックとパップは、はたまたディズニーがアニメーションの歴史を塗り替えた瞬間を目の当たりにし、誇らしげに感じていた。

新聞も『白雪姫』のクオリティの高さを絶賛し、手のひらを返したように「ディズニーの道楽が歴史を作る」「漫画映画の奇跡」といった見出しでその素晴らしさを報道した。

1938年の元日には家族が勢揃いし、両親の金婚式を祝福した。

そして、『白雪姫』の一般公開も本格的に始まり、全米の小さな映画館でも上映され、最終的には49ヶ国で公開され、10ヶ国語に吹き替えられた。

一部の国では七人のこびとのベッドに書かれている彼らの名前の文字もその国の言葉に書き換えられた。

映画はロンドン、パリ、シドニーでも大ヒットし、『白雪姫』のもたらした興行収入で、スタジオの抱えていた多額の借金をあっという間に全額返済し、従業員にボーナスを支給するまでに至った。

ディズニー家はダイアンに引き続き、養子として次女のシャロンを家族に迎え入れ、順風満帆な家庭となっていた。



『白雪姫』の大ヒットは興行収入以外にも様々な効果をもたらした。

ウォルトは大学には行っていなかったが、ハーバード大学とエール大学から名誉修士号を授与された

ロイは白雪姫の食器やスカーフ、ゼリー、塗り絵などを販売することを決め、デパートのショーの契約も結ぶなど、映画のヒットは多方面の恩恵を生んでいた。

また、業界他社であるMGMも『白雪姫』のヒットの影響で、ミュージカル『オズの魔法使』の制作を決めたという。

アカデミー賞の際には七人のこびとをイメージした特別なオスカー像が与えられ、国民的子役のシャーリー・テンプルから直接授与を受けた。

こうして映画の大ヒットは、会社の方向性を決める大きな転換点となった。

短編映画は安定した収入をもたらし、アニメーターの成長のためにも欠かせない事業であった。

しかし、会社の成長の糧になるのは、やはり世間の大作映画と肩を並べる『白雪姫』のような長編映画のヒットであった。

ウォルトは『三匹の子ぶた』の経験から、続編制作のオファーを断り新たな長編映画の計画を練ることになった。

しかし、多数の短編映画のプロジェクトや3本もの長編映画の各部門を機能させるためにはハイペリオンのスタジオはあまりに手狭であった。

そこでフルタイムの従業員を2倍に増やし、ウォルトはロイに相談することなくバーバンクに広大な敷地を購入して理想の新スタジオを建設することにした。

ウォルトは新スタジオの設計に熱心になり、アニメーション制作のための最新鋭の設備を導入し、従業員の通勤時間を省くためのアパートも建てることにした。

倹約家だったウォルトの父イライアスが「こんなでっかいスタジオを作って潰れたらどうするんだ」と言うと、ウォルトは「病院として売るよ」としれっと答えるのであった。



ある日、ウォルトが家でくつろいでいる子供部屋から楽しげな笑い声が聞こえてきた、

娘のダイアンとシャロンはウォルトの「何を笑っているんだい?」という問いかけに「メリー・ポピンズよ」と答えた。

メリー・ポピンズ』とは、オーストラリア生まれの作家P・L・トラヴァースが著した児童文学であった。

リリーもこの本を楽しみ、ウォルトに薦めた。

ウォルトはメリー・ポピンズの物語をすっかり気に入り、何度も繰り返し読んだ。

ダイアンはこの物語が映画になったらと考えており、やがて、ウォルトはこの作品をぜひとも映画化したいと考えるようになった。

ウォルトは直接トラヴァースに手紙を出すことにしたが、話は思うように進まなかった。



<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。

◆パップ
マウスの友人である犬のイマジナリー・フレンド。
オーナーは不明。グーフィーのモデルとなった。

◆ダック
マウスの友人である礼儀正しいアヒル
クラレンス・ナッシュのイマジナリー・フレンド。

アルバート・ハーター
ディズニー・スタジオのアニメーター。
白雪姫のデザインを担当する。

◆マージ・チャンピオン
白雪姫のモデルを務めたバレエ・ダンサー。

リリアン・ディズニー
ウォルト・ディズニーの妻。
ミッキーマウスの名付け親でもある。

◆ダイアン・ディズニー
ウォルトとリリアンの長女。

シャロン・ディズニー
ウォルトとリリアンの次女。

◆イライアス・ディズニー
ウォルトとロイの父。
息子の事業を厳しい目で評価する。

◆P・L・トラヴァース
メリー・ポピンズ』の原作者。
ウォルトの映画化のオファーに難色を示す。


史実への招待

『白雪姫』の成功により、ディズニーのアニメーション・スタジオは現在のバーバンクに移転します。

ここから数々の名作アニメーションが制作されていくのです。

新スタジオを見学したいという希望者の声に応えるコンセプトで、オムニバス映画『リラクタント・ドラゴン』(1941年)の中で、スタジオの中が公開されました。

これは自分の作品をディズニーに売り込もうとするベンチリー氏がスタジオで迷子になりながら、様々な制作プロセスを見学していく寸劇形式の作品となっています。

当時はディズニーのテレビ番組も存在していませんから、貴重な映像資料として残っています。

2013年の映画『ウォルト・ディズニーの約束』では、1960年代のスタジオが登場し、実際のスタジオがロケ地に使われました。

【連載】幻のねずみ #16『道楽かこだわりか』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


1935年、ウォルトとロイはそれぞれ結婚十周年を迎えた。

ロイは今まで付いてきてくれた妻たちに恩返しをしようと世界旅行へと誘った。

彼らはイギリス、フランス、スイス、イタリア、オランダを巡った。

途中で国際連盟からミッキーにメダルが貰えることになり、パリへと向かった。

当時、ミッキーの快挙は世界中で評価されていたが、大金を注ぎ込んで長編アニメーション映画を作ろうという白雪姫には冷ややかな目が多く、「ディズニーの道楽」と囃し立てて報道するメディアもあった。

配給会社のマネージャーやポロ仲間など、個人的な付き合いのある一部の人ぐらいしか味方はおらず、ウォルトは落胆することもあった。

しかし、旅先のフランスでミッキーの短編映画をまとめて長編のように上映している劇場を見かけると、「自分がやっていることは間違っていない」とたちまち元気になるのであった。



世界初の長編カラーアニメーションという前代未聞の企画に対し、周囲の声は様々であった。

マスコミは「90分も見てられるか。目を痛めてしまう。みんな目から出血してしまう。」と書き立てた。

短編アニメーションの配給を担当していたユナイテッド・アーティスツの期待値は高かったが、利益に対する取り分の要求が厳しく、ロイは折り合いがつかないと判断した。

結局、チャップリンが設立したユナイテッド・アーティスツとは手を切り、『白雪姫』の配給はRKOと契約することになった。

この会見は「あのミッキーマウスRKO所属に!」といったニュースになった。

また、この会見の中でウォルトは『白雪姫』を1937年のクリスマスまでに完成させる予定だと発表した。

RKOは『白雪姫』を大人向けの娯楽として押し出すため、白雪姫と王子のロマンスを全面的に押し出すべきだと提案した。

本作のタイトルは『Snow White and Seven Dwarfs』というのだが、このタイトルから七人のこびとを外したほうがよいというのがRKOの主張であった。

ウォルトはあくまで自分が作ったのは『Snow White and Seven Dwarfs』という映画なのだ、とその提案を突っぱねた。

ウォルトとアニメーターはそれだけこの七人のこびとというキャラクターを大切にした。

『白雪姫』というおとぎ話には様々なバージョンが存在しており、物語の核となる部分は同じだが、細かく見ていくと異なる点がたくさんある。

例えば、『白雪姫』の最古のバージョンに登場する悪役は白雪姫の実母なのだが、母親を愛するグリム兄弟によって継母という設定に変更されたと言われている。

また、グリム版だと継母はまず白雪姫をコルセットで失神させるも、こびとたちによって目を覚ます。

次に、白雪姫を毒の櫛で刺すが、またもこびとたちによって難を逃れる。

最後に毒リンゴを使ってようやくこびとの手に負えなくなる、という流れだった。

ウォルトは継母が白雪姫を三度も殺そうとするのは映画としてくどいと判断し、最も印象的な毒リンゴのみを残すことにした。

『白雪姫』の映画で描かれる時間は1日半であり、その中で映画に落とし込めるのはたった80分である。

ウォルトは今やアニメーションの絵を描くことはなくなっていたが、必要なシーンと不要なシーンを判断する編集能力に関してはピカイチであった。

ウォルトのチェックは特に残酷で、ウォード・キンボールが気合を入れて作った、こびとがスープをリズミカルに飲む愉快なギャグ・シーンも丸ごと削ってしまい、ウォードはスタジオを辞める決意をするほどヘソを曲げてしまった。

白雪姫を助ける盗賊たちにも様々なバリエーションがあり、6人組のバージョンや12人組のバージョンもあった。

そこでアニメーターらは七人のこびととしてディズニーらしい丸みを帯びたデザインを提案し、七人全員に特徴的な個性を与えることにした。

こうしたウォルトのこだわりがある以上、RKOの提案が退けられるのはある種当然のことなのである。



ウォルトがスタジオを留守にしていた間もスタッフたちはせっせと仕事を続けていた。

ある日、ロイがさらなる25万ドルの融資を受けるためには、バンク・オブ・アメリカのジョーゼフ・ローゼンバーグに出来かけを見せないと厳しいと言った。

銀行も自分がどんなものに大金を貸しているか把握しておきたいのである。

ウォルトは未完成品を見せることを嫌がったが、資金のためなら仕方なく、製作途中のアニメーションやセル画、さらには静止画を組み合わせたフルバージョンを制作した。

当日、ウォルトはローゼンバーグを迎え入れると、早速彼を試写室へと通した。

映像が始まると、ウォルトはできかけの映像について事細かに解説を始めた。

完成しているシーンについてはその映像に込めた意気込みを、未完成の線画についてはその完成品のイメージが浮かぶようにウォルトの脳内の情報を詳細に語った。

ローゼンバーグはウォルトの話を静かに聞いていた。

80分に渡るウォルトの個人芸が幕を下ろすと、ローゼンバーグは何も言わずに試写室の外へと出た。

すると、天気の話や政治の話など『白雪姫』とは関係のない他愛のない話を始めた。

ウォルトはローゼンバーグの問いかけに受け答えしながらも、彼の感想が聞きたくて気が気でなかった。

結局、作品の話を一切しないまま、ローゼンバーグは車に乗り込んだ。

すると、去り際に「今日はどうも。ありゃ大した金になりますよ。」とだけ言い残して車を走らせた。

ウォルトは人知れずニッコリ笑うと、車の後ろ姿に向かって頭を下げた。



<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。

◆ウォード・キンボール
ディズニー・スタジオのアニメーター。ウォルトと同じく鉄道好き。
自身の担当したシーンがカットされてしまう。

◆ジョゼフ・ローゼンバーグ
バンク・オブ・アメリカの銀行員。
ディズニー・スタジオの新作の視察に訪れる。


史実への招待

現在、バーバンクにあるディズニーのアニメーション・スタジオは『白雪姫』で大成功を収めるまで、ハイペリオン通りにありました。

ハイペリオンで生まれた最後の傑作ともいえる『白雪姫』のブルーレイでは、静止画のハイペリオン・スタジオを巡りながら数々の特典映像を楽しむことのできるコンテンツが収録されています。

ディズニーの歴史において重要な意味を持つこのハイペリオンという地名は、後のディズニーの様々なコンテンツに引用されています。

実写映画『地球の頂上の島』にはハイペリオン号という飛行船が登場します。

この映画をベースにした新エリアがディズニーランドに計画されていたのですが、映画の不振によって企画は中止し、後にディズニーランド・パーク (パリ)に『カフェ・ハイペリオン』が建設されました。

ちなみにディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーハリウッド・ランドにはハイペリオン・シアターという劇場があります。

日本の東京ディズニーリゾートだと、ディズニーアンバサダーホテル内に『ハイピリオン・ラウンジ』というロビーラウンジが構えられています。

舞台裏よりのところだと、ディズニー社が開発したレンダラの名前にも。

他にも、バーバンクのスタジオの部屋の名前や、ディズニーの出版社、ドラマ『ワンス・アポン・ア・タイム』の地名だったり。

気になるハイペリオンを見つけてみてはいかがでしょうか?

【連載】幻のねずみ #15『僕たちの最初の長編映画』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


1934年のある晩のことだった。

「おい、ウォード。ウォルトが重要な会議を行うから、早めに夕飯を済ませて防音スタジオに集まってくれとのことだ」
「そうなのか?そんな話は聞いてないけどなぁ…。でも、食事ならハイペリオン通りの向かいの喫茶店で済ませてきたから大丈夫。」
「よろしく。確かに伝えたよ。」

ウォルトは私のもとへやってきて、「これからアニメーターたちに大事な話をする。長くなりそうだが、よかったら君も聞きに来てくれないか」と声を掛けた。

アニメーターたちはサウンドステージに立ったウォルトの前に半円状に椅子を並べると、彼が話し始めるのを待った。

私はアニメーターに気付かれないように、部屋の隅っこでおとなしくしていた。

「昔々、あるところに美しい姫がいた。姫といっても大人っぽすぎるわけでもなく、かといって幼すぎてもいけない。純粋で可憐な感じの娘なんだ。彼女は白雪姫と呼ばれていて、髪の色は……えーっと…まぁとにかく雪のように白い肌の持ち主なんだ。」

ウォルトは白雪姫の物語を話し始めた。

ウォルトはキャラクターのイメージや物語の状況説明は細やかだった。

彼の中でもイメージが固まりきっていない感じはあったが、彼の話す物語の情景は確かに目に浮かんできた。

ウォルトはひとりひとりのキャラクターを表情豊かに演じていた。

私は彼の姿を見て、新聞配達少年だった頃にサイレント映画版の『白雪姫』を夢中になって観たと話していたことを思い出した。

アニメーターたちの集中力も凄まじく、息を呑んでウォルトの話に聞き入っていた。

最後に白雪姫が王子とともに城へと去っていくと、ウォルトの世界は幕を下ろした。

白雪姫がキスで目を覚ますシーンには、感情移入して涙を流す者もいた。

しーんとした部屋の中でウォルトは皆に語りかけた。

「これが僕たちの最初の長編映画になるんだ…!」



ウォルトが最初の映画の題材として『白雪姫』を選んだのは、どんな観客の心にも響かせることのできる物語の普遍性はもちろん、主人公のラブストーリーや、脇を固めるコミカルリリーフのこびとたち、そして印象的な悪女といった役者が揃っていることも原因だった。

ウォルとはその翌日から、スタジオの廊下など至るところで白雪姫の話をするようになった。

私はもちろんウォルトの壮大な夢を応援したかったが、それだけの資金の余裕がスタジオにあるのかどうかは当然のごとく心配になった。

私と同じ考えの人が二人いた。

妻のリリーと兄のロイである。

時代は世界恐慌が未だ続いており、長編アニメーション映画という大きなテーマに今挑むのは得策なのか、というのがリリーの意見だった。

ロイの意見は銀行からそのような融資が受けられるのかという現実的なものだった。

兄の心配をよそに、弟は演出のことで頭が一杯になっていてそれどころではなかった。

長編映画は単純計算で短編映画10本分の長さになるため、作品に使用する絵の数もそれだけ必要となる。

ウォルトは本作に登場する人間のキャラクターたちにリアリティを求め、短編映画に登場するようなコミカルな人間ではなく、シリアスな人間のイラストを要求した。

白雪姫のデザインもなかなか定まらず、アニメーターから提出された案はどれもなかなかしっくり来なかった。

ウォルトは白雪姫のデザインにベティ・ブープのグリム・ナトウィックを起用したが、セクシー路線の白雪姫はウォルトのイメージにはそぐわなかった。

デザインに難航する中、ウォルトは人間のアニメーションをリアルに表現できるのかを試すため、人間の女性キャラクターを主人公にした短編映画を制作することになった。

こうして完成した『春の女神』は、お世辞にも良い出来とは言えなかった。

「ダメだな。これじゃフニャフニャしたゴムホース人形みたいだ。コメディとしては良いかもしれないけど、白雪姫はポパイのオリーブみたいなのじゃいけないんだよ」

技術不足は彼らにとってはさらなる高みを目指すためのステップに過ぎなかった。

人間キャラクターの表現以外にも、カメラワークのズームインやズームアウトなど遠近法の表現のためにマルチプレーン・カメラを導入し、テストのために撮影した『風車小屋のシンフォニー』がアカデミー賞を受賞するなど、シリー・シンフォニーは『白雪姫』の大切なステップとなっていた。



白雪姫の声のオーディションには、ハリウッド中の女優や歌手が参加した。

ウォルトはオーディション会場のマイクをウォルトの部屋のスピーカーに繋ぎ、ウォルトが顔を見ずに声だけで公平にオーディションできるようにした。

ウォルトは純朴な少女の声を出せる少女をオーディションで探し出そうとしていた。

何人ものオーディションを経て、ウォルトはある女性の声を聞いた瞬間に「これだ!」と叫んだ。

こうして、白雪姫はオペラ一家に育った18歳の少女アドリアナ・カセロッティに白羽の矢が立った。



<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。

◆ウォード・キンボール
ディズニー・スタジオのアニメーター。
ウォルトと同じく鉄道好き。

リリアン・ディズニー
ウォルト・ディズニーの妻。
ミッキーマウスの名付け親でもある。

◆グリム・ナトウィック
ベティ・ブープのデザインで知られるアーティスト。

◆アドリアナ・カセロッティ
白雪姫の声を演じる少女。


史実への招待

世界初の長編カラーアニメーション映画として知られる『白雪姫』。

であれば、彼女もまた世界初の長編カラーアニメーション主演声優と言えるのではないでしょうか。

その彼女の名前はアドリアナ・カセロッティ。

MGMのコーラス・ガールとして働いていた彼女はオーディションで白雪姫の役を勝ち取り、この大役を成し遂げました。

当時はアニメーションの声優は裏方中の裏方で、名前が映画にクレジットされることはなく、この成功で次の仕事の機会を得られたわけではありませんでした。

尤も、白雪姫のイメージを大切にしていたウォルトが他作品への彼女の起用に難色を示したというエピソードも知られています。

彼女の白雪姫のキャリアは映画だけに留まらず、1991年にはファンタジーランドの願いの井戸のために歌を新録し、1994年にはディズニー・レジェンドに選ばれました。