ディズニー データベース 別館

「ディズニー データベース」(https://w.atwiki.jp/wrtb/)の別館です。日本の誰か一人にでも響けばOKな記事を書いていきます。

【連載】幻のねずみ #34『素晴らしき冒険旅行』

f:id:disneydb23:20210822175056j:plain

※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


ウォルトは再び『メリー・ポピンズ』の原作者であるP・L・トラヴァースに手紙を送った。

トラヴァースは映画化権についてウォルトの交渉に応じたが、彼女は脚本を事前に検閲させるようにと主張した。

ウォルトは自分の物語への直感と編集能力に自身を持っており、トラヴァースの脚本への介入を快く思わなかった。

そのためウォルトは彼女の要求をのらりくらりとかわし、その結果として映画化の話は一向に進まなかった。



1947年、記録映画のカメラマンであるミロット夫妻の見事なフィルムを見たウォルトは、彼らにアラスカでの動物ドキュメンタリー撮影を依頼した。

私はIFAから呼び出しを受け、夫妻のアラスカへの旅に同行するように頼まれた。

さて、イマジナリー・フレンドには特定の人間と話す、体のサイズを縮めることのほかに、瞬間移動の術がある。

イマジナリー・フレンドが各地をワープする時に使う光の回廊は、既に発見されているズームポイントにしか飛べないようになっているのだが、アラスカにはそのポイントがまだ無いのだという。

つまりズームポイントの開拓は自らの足で赴かないといけないということである。

IFAには世話になっていることだし、ズームポイント探しに協力するつもりではあったが、何せアラスカという未知の土地へ一人で冒険することには不安が募った。



出発当日、私はミロット夫妻と合流し、どのように彼らの荷物に紛れ込もうかと考えていた。

すると私は夫妻の陰から二匹のネズミがこちらを見ていることに気付いた。

「あなたはディズニーさんのイマジナリー・フレンドなのかしら?」

女性ネズミが私に近寄り声を掛けてきた。

マウス「えぇ、私はマウスです。あなたはミロットさんご夫妻の…?」
ミセス「えぇ、私たちはミロット夫妻と冒険をともにしております。アドベンチャー夫妻ですわ」

ネズミのアドベンチャー夫妻はミロット夫妻の撮影旅行に同行して世界中を旅する傍ら、イマジナリー・フレンドのズームポイントを増やすための活動に勤しんでいた。

ミセス・アドベンチャーが「マウスさん、冒険ははじめて?」と尋ねてきたので、私は「えぇ、そうです。」とこたえた。

ミセス・アドベンチャーは「初めての冒険がアラスカだなんて感心しますわ。」と手を叩いた。

私はアラスカへ向かう飛行機の中でアドベンチャー夫妻から数多の冒険の物語を聞かせてもらった。

夫妻とは言っても、奥さんのほうがひたすら喋っているだけだったが。

ミセス「私はアルバトロス航空を利用するのが大好きなの。アホウドリの背中に乗って大空に舞い上がるのよ。最高にスリリングでしょ?ね、あなた。」
ミスター「ぼかぁ、どちらかというと汽車のほうが好きだな」

ミスター・アドベンチャーは勇敢そうな名前とは裏腹にオドオドしており、ミセスに主導権を握られていた。

アラスカに到着したミロット夫妻は早速あざらしの撮影と繰り出し、私とアドベンチャー夫妻はIFAから預かった地図を手にズームポイントを探しに出かけた。

しばらく歩いていると吹雪が立ち込め、周りの視界が悪くなった。

ミセス「やっぱりアホウドリさんに来てもらえば良かった!」
ミスター「オーストラリアの砂漠地帯のほうがマシだった!」

吹雪は勢いを増し、私の意識は遠のいた。

私が目を覚ますとキャンプの中にいた。

どうやら吹雪の中で気を失い、アラスカのズームポイントを見つけることは叶わなかったが、ミスター・アドベンチャーが助け出してくれたらしい。

マウス「お二人とも大変お世話になりました。すみませんが、光の回廊を開いてくださいませんか?どうも苦手で上手く開けないんですよ」
ミセス「あら、奇遇ね。私たちもできないのよ。ワープって冒険者にとっては邪道じゃない?冒険っていうのは移動も楽しむものですから。人生は素晴らしき冒険旅行って言うでしょ?」



その後、アドベンチャー夫妻に別れを告げた私は小型化してミロット夫妻のフィルムに紛れ込み、無事にウォルトのもとへと送り届けられた。

ウォルトは私の話を聞いて興味を持ち、さっそく娘のシャロンを連れてミロット夫妻とアラスカへの旅に同行しようと考えた。

私もウォルトに一緒についてくるかと訊かれたが丁重に遠慮しておいた。

というのも、その頃にはアドベンチャー夫妻の追加調査によってアラスカのズームポイントは無事に開拓され、私の出番もなくなっていたからであった。

撮影が進むと、撮影部隊から送られてきたフィルムにストーリーを付け、使いたい画がなければまた撮りに行くという作業を繰り返した。

ベン・シャープスティーンの編集によって『あざらしの島』として公開した本作は高い評価を得て、アカデミー賞を受賞した。



ウォルト「今度はビーバーの谷を舞台にドキュメンタリーをやろうと思ってるんだ」
マウス「すっかり新しいシリーズに気合いが入ってるみたいだね」
ウォルト「うん。動物のドキュメンタリーは収益も良いんだよ。」
マウス「そうなのかい?」
ウォルト「動物ってのはストライキをしないからね」




<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ミセス・アドベンチャー
ミロット夫人のイマジナリー・フレンド。
冒険好きで勇敢なネズミ。

◆ミスター・アドベンチャー
ミロット氏のイマジナリー・フレンド。
普段はおどおどしているが、やる時は誰よりもやるネズミ。

◆ミロット夫妻
記録映画のカメラマン夫妻。
ウォルトから動物の記録映画の撮影を依頼される。

ベン・シャープスティーン
ディズニーに所属するアニメーター。
ピノキオ』『ファンタジア』『ダンボ』の監督を務める。

◆P・L・トラヴァース
メリー・ポピンズ』の原作者。
ウォルトの映画化のオファーに難色を示す。



史実への招待

ディズニーが『自然と冒険記録映画』シリーズを開始したのは1948年でした。

12年間続いたこのシリーズは8つのアカデミー賞をもたらしました。

ウォルトが最初にミロット夫妻から提供してもらったフィルムは、アラスカの文化をメインとしたものでした。

アラスカに住む人間の生活だけでは劇場用映画としての価値を見いだせなかったウォルトですが、あざらしの映像には興味を持ったのです。

ミロット夫妻が一年間に及ぶあざらしの撮影の依頼を受けたのはその後のこと。

ウォルトの着眼点から生まれたこの発想が、後にこのシリーズを生むこととなるのです。

当初は公開を渋っていた配給会社のRKOも、本作がアカデミー賞を受賞することで劇場公開に同意しました。

世に認められる作品がどのタイミングで生まれるかは、なかなかわからないものなのです。