ディズニー データベース 別館

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【連載】幻のねずみ #32『アメリカの顔』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


1942年公開の『バンビ』はウォルトの完璧主義が光る美しいアニメーションだったが、コストが掛かりすぎたことから大きな赤字となった。

12月、ウォルトは納税のプロモーションとなる動画を依頼された。

第一次世界大戦ではチャップリンも戦争の資金集めである公債の購入促進を目的としたPR活動に貢献しており、ディズニーは今回の第二次世界大戦において、PR映画を制作して協力していた。

例えば、『白雪姫』に登場する七人のこびとが掘り当てたダイヤを国債に当てようとするアニメーションがその一例である。

ある日、財務省から呼び出しを受けたウォルトは長女ダイアンの誕生祝いを控えているにも関わらず、強い要求に押されてワシントンへと向かった。

財務長官のヘンリー・モーゲンソーは所得税の納税義務を国民に売り込むためのPR映像制作を依頼してきた。

戦争のための公債購入という手段は国民に認識されてはいたものの、その返済となる財源のためには新規の税制によってより多くの税金を集める必要があるのだという。

ウォルトはすぐさまカリフォルニアのスタジオへと戻り、他のプロジェクトを止めてでも二ヶ月後公開という納期にこの映像を完成させなくてはならなくなった。

ウォルトはこの納税を促進する映像の主人公としてドナルドを選ぶことにした。

ダックも「納税は大切なことですね」と満更でも無さそうだった。

しかし、最近のドナルドの短編アニメーションを欠かさず視聴していたダックは私に向かってある言葉を投げかけてきた。



1941年から1942年にかけて、普段のドナルドの短編アニメシリーズの中でも、戦争をテーマにした物語が展開されるようになった。

ドナルドが軍隊に入隊する物語や、落下傘部隊として活動する話などがあった、

それについてダックが私に投げかけた疑問は「戦争ものの映画はドナルドのものばっかりですねぇ。ミッキーは出ないんでしょうか?」というものであった。

私は「あっ、えーっと…」と言葉に詰まったが、すかさずダックは「ウォルトの気持ちはよくわかります」とも言っていた。

ダック「ミッキーはウォルトの分身のようなものですから、戦争のキャンペーンなんて汚れ役はそんなにさせたくないのでしょう」
マウス「いや、きっとドナルドにもさせたくないんじゃないかな…」
ダック「いえ、私にはミッキーとドナルドに決定的な違いがあるように感じます。」



さて、ドナルドを主人公にした納税促進のための新作『新しい精神』のあらすじがまとまると、ウォルトは財務長官のモーゲンソーに物語を聞かせた。

ラジオの国営放送を真剣に聞いていたドナルドは愛国心に駆られ、国の軍事力を高めるために納税をすることを決意する。

アニメーションの中ではラジオが納税の方法を説明し、必要な書類や記載事項を伝える。

最後はドナルドが納税へと向かっていくのである。

話を聞き終えたモーゲンソーは「新しいキャラクターは出ないのですか?その、納税者くんみたいな可愛らしいのを…」と尋ねた。

一緒に聞いていた女性の秘書もドナルドに対しての期待値は限りなく低い様子だった。

ウォルトは癇癪を起こしかけながらも、「この映画の目的は納税の促進なのですから、そのためにはドナルドが必要なのです」と言った。

そして、「納税者くんの映画なんかじゃ、映画館では上映してもらえません。でもドナルドダックの映画としてなら上映してもらえます。国民の立場に寄り添った設定で映画を作るのなら、みんなが知っているキャラクターに国民の皆様の立場を演じてもらう必要がある。この役柄を立派に成し遂げられるのは、大衆に親しんでもらえるドナルドなのです。我々はドナルドを差し出すことによって、彼の映画の分の売上を棒に振ることにもなりかねません。でも、それだけの覚悟を持ってドナルドを、私の家族を差し出していることを理解していただきたい。」と熱弁した。

モーゲンソーも「わかった。君に任せるよ。よろしく頼む。」と言った。



この『新しい精神』という映画は好評を博し、視聴者の約3分の1が「この映画を見て納税を決心した」と回答している。

『ダンボ』のラストシーンでダンボ爆撃隊が描かれているのも当時の世相をよく反映している。

ウォルトは愛国心が強く、政府から金属の回収を依頼された際には、自宅に置いていたバンビの像を自らの手で破壊することすら厭わなかった。

ウォルトはさらに自ら『空軍力の勝利』という映画を企画したが、高コストのためスタジオの財政難に拍車をかけることとなった。

プロパガンダとして制作されたアニメーションはIFAの仲間たちにも瞬く間に広まった。

というのも、我々イマジナリー・フレンドの中でも戦争に関与する者もある程度いたからである。



『新しい精神』の試写を終えた後、私はダックにウォルトがモーゲンソーを説得した時のことを話した。

ダックは嬉しそうに頷きながらその話を聞いていた。

「ありがとう、マウス。私が間違っていました。ミッキーだけでなく、ドナルドもウォルトの大事な家族でしたね。」

1943年になると、ドナルドは『総統の顔』という敵国の指導者たちをおちょくったアニメーションに主演し、アカデミー賞を受賞した。



<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ダック
マウスの友人である礼儀正しいアヒル
クラレンス・ナッシュのイマジナリー・フレンド。

◆ヘンリー・モーゲンソー
ルーズベルト政権のアメリカ財務長官。
ウォルトに納税促進映画の制作を依頼する。


史実への招待

ドナルドダックの『新しい精神』のほかにも、ディズニーの戦争をテーマにしたプロパガンダ映画は複数存在します。

2004年にはウォルト・ディズニー・トレジャーズシリーズの第三期として、この時期に製作されたアニメーションがまとめてDVD化されましたが、日本での展開はありませんでした。

収録作品の中には日本で近年DVD化される際に見送りとなるタイトルも多く、ローカライズに難があるという判断もあったのだと思われます。

たとえば、日本で販売された『ディズニー・レアリティーズ 短編傑作選 限定保存版』に収録されている『きつねとヒヨコ』という作品が収録されています。

この作品は『チキン・リトル』と同じ寓話をモチーフにした短編映画であり悪者のフォクシー・ロクシーから「空が落ちてくる!」というデマを聞いた主人公のチキン・リトルがその話を拡散し、人格者のコッキー・ロッキーから「そんなはずはない」と窘められ、ニワトリたちは落ち着きます。

この様子を見ていたフォクシー・ロクシーは、今度はコッキー・ロッキーに関する悪い噂を流し、ニワトリたちはさらなるパニックに。

この作品は一般に集団ヒステリーによる弊害を揶揄した反ナチ映画とされています。

プロパガンダ映画にも様々な形態が存在していると言えるかもしれません。

今年は第二次世界大戦の開戦から80年を迎える年であり、2020年12月からサンフランシスコのウォルト・ディズニー・ファミリー・ミュージアムでは、ディズニーのスタジオと第二次世界大戦にスポットを当てた企画展も開催されています。