【連載】幻のねずみ #38『ウォルトの好奇心』
※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。
ウォルトは海外に出かけるたびに各地の遊園地を訪れるようになり、妻のリリーも飽き飽きしていた。
遊園地に限らず見本市やサーカスなど様々な催し物を見学し、どのような出し物が人気を呼ぶのかや、来場客はそれを楽しんでいるか、どのような点に不満を持っているのかを見学した。
中には由緒ある遊園地であるにも関わらず荒廃していてがっかりするものもあったが、ウォルトを引きつけてやる気を奮い立たせたのは、1951年に訪れたデンマークのチボリ公園だった。
清潔感とおしゃれな建物にウォルトは「これだ!」と感激したらしい。
らしい、というのもその時期はIFAの要請で私個人が外出することも多々あり、ウォルトの海外旅行には同行しないことも増えていたからである。
リリーは夫が遊園地を作ろうとしていることに対し、「遊園地っていうのは清潔じゃないし、従業員の態度もよろしくないし、私イメージがあんまり良くないわ」と不平を述べたが、ウォルトは「私が作ろうとしているのはそれとは違うんだよ」と反論した。
ロイも遊園地建設には反対しており、さすがのウォルトも兄に資金調達は頼みづらかった。
ウォルトは別荘を売却し、自分の生命保険を担保にして10万ドルを借りた。
ウォルトは遊園地のアイディアを具現化するために新会社を設立し、優秀なスタッフを送り込んだ。
社名にウォルト・ディズニーを使うと、既存のディズニー社とひと悶着起きると考え、自分の本名のウォルター・イライアス・ディズニーの略称を用いてWEDエンタープライズと名付けた。
リリーとロイはウォルトのこの無謀な挑戦には相変わらず反対であったが、彼を引き留めることができないことも重々承知していたのだった。
これまでウォルトはアニメーション映画のカラー化や長編化など様々な史上初に挑戦しては周りをひやひやさせてきたが、テーマパークという全く新しい分野への進出はその比ではなかった。
1952年の末には、彼のアイディアはスタジオに隣接する狭い土地から始まったが、土地を購入して本格的な遊園地にする計画に進化していた。
というのも、営利目的の施設に向けて鉄道を敷くことがバーバンク市議会から「市の景観を損ねる」として認められず他の土地を探すことになったという経緯もあるのだが。
私は遊園地に関する計画を聞いていなかったが、これまで資金繰りを担当していたロイに代わってウォルトが奔走していることや、リリーがウォルトの遊園地巡りをぼやいていることに違和感は覚えていたので訊ねてみた。
すると、ウォルトは「ディズニーの映画の世界を実際に歩いて冒険できる遊園地を作ろうと思ってて、ここ一年ぐらい世界中の娯楽施設をリサーチしてたんだけど……もしかして言ってなかった?」と答えた。
ウォルトと私が出会ってミッキーの映画を作っていた当初、彼は自問自答するように新作のアイディアをしばしば私に話して聞かせてくれた。
私はそれを聞いたり相槌を打つだけだったが、そのたびに彼は自分でそのアイディアをブラッシュアップしていったりした。
しかし、ここのところディズニーの事業はさらに広がり、私もIFAの仕事で忙しくなり、彼から新しいアイディアの話を聞く機会も少なくなっていた。
かつてスタジオの隣に一般向けの施設を作りたいと話していた気はするけど、ここまで話が発展していたとは。
驚きはしたものの、ウォルトの手にかかれば当然だなと思いつつ、もの悲しさも感じていた。
するとウォルトは私の様子を察したのか、「今度パークの計画について大事な仕事があるんだけど、手を貸してくれないかな」と声を掛けた。
ウォルトがポケットマネーで集めた資金では土地の確保がせいぜいで、建設費まではとてもではないが賄えなかった。
そこでウォルトが目をつけたのは、世間の映画会社たちが敵とみなしていたテレビであった。
世の映画会社たちは映画館から人を遠ざける娯楽という意味でテレビを忌み嫌っていたが、ウォルトが気にしていたのはテレビの性能面のほうであった。
映画館の大きなスクリーンで映えるように一コマ一コマの絵にこだわってアニメーションを作ってきたウォルトにとって白黒のぼやっとした画面に可愛い我が子を差し出すことは辛いことでもあった。
しかし、ウォルトはここでもテレビという新たな世界へ挑戦することを選んだ。
ウォルトがミッキーを生み出し、世界初のトーキーアニメーション『蒸気船ウィリー』を売り込んでいた時、大衆がその良さを評価してくれるまでほとんどの配給会社は見向きもしなかった。
1950年のクリスマスに『ふしぎの国のアリス』の宣伝番組を制作し驚異的な視聴率をマークした際、ウォルトは大衆に訴えかけるテレビの可能性を見出していた。
ウォルトはさすがにこのアイディアはWEDではなくディズニー社でやらなくてはならなかったので、ロイにこの提案をした。
ロイはウォルトのパークに関する提案の中では珍しくまともだと思った。
ロイは主要のテレビ局とディズニー番組に関する交渉をすることになったが、ディズニーランドの完成イメージ図は存在しなかった。
そこでウォルトは自分の頭の中だけに存在するイメージ図を描き起こしてもらう必要があったのだが、その前にアイディアを訊いてほしいというのが私への依頼だった。
私はウォルトの頭の中にある図をまったく思い浮かべることができなかったので、彼にそのイメージを語ってもらうことにした。
<つづく>
登場人物
◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。
◆ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。
◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。
◆リリアン・ディズニー
ウォルト・ディズニーの妻。
ミッキーマウスの名付け親でもある。