ディズニー データベース 別館

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【連載】幻のねずみ #37『眠れる妖精と眠れぬ黒コート』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


1952年。

10年に一度の妖精の訪問の日は、悲しい訃報から幕を開けた。

10年ぶりに地球に上陸したコバルトは私とコンタクトを取ると、同様にムーアクイーンもやってきていることを知らせてくれた。

ムーアは私を保護しようとしているマット・ツーにも大層腹を立てていた。

私がムーアに宣戦布告してから10年になるが、この10年間でマット・ツーのオーナーであるチャップリンを取り巻く環境は大きく変わった。

まず、この10年の間に第二次世界大戦終戦を迎え、アメリカは冷戦へと突入した。

『モダン・タイムス』以降の一連の作品群が『独裁者』に続いて容共的であると非難され、特に1947年の『殺人狂時代』ではバッシングは最高潮に達した。

そして今年、チャップリンは映画『ライムライト』のプレミアのためにロンドンへ向かう船の中で、司法長官から事実上の国外追放命令を受けた。

コバルトはチャップリンの一連の追放劇は人間たちの思想の違いから起こったものだが、ムーアがそうなるように人心を操った可能性があると指摘した。

もちろんそうだとは言い切れないが、ムーアの魔力ならその可能性も捨てきれないし、何より彼女は目的のためなら手段を選ばないタイプだと付け加えた。

この状況はチャップリンの友人であるマット・ツーを激しく怒らせた。

マット・ツーはムーアが地球に上陸する瞬間を討とうと、コバルトからムーアの上陸の情報を横流ししてもらった。

コバルトは危険だからやめておけと助言したが、マット・ツーは命がけでムーアを待ち伏せし、結果として捕まってしまった。

ムーアはマウスを仕留める手伝いをすれば見逃してやる、と脅されて反抗したのだという。

マット・ツーの最期の瞬間、その場には突然強い風が吹き荒れ、風向きが変わったのだという。

コバルトはその激しい風向きの変わり方を前に一度だけ見たことがあると話した。



コバルトによると、ムーアは私を封じ込めるために、かつて私を襲った黒コートの動物を封印したグリムホールドを使おうと企んでいるという。

グリムホールドは悪い妖精を封印して懲らしめるためにいにしえから使われていた箱で、イマジナリー・フレンドにも効果があることが実証されたらしい。

中に閉じ込められた者が外に出るには外部の者に開けてもらうほかなく、自力で脱出することは不可能だという。

ムーアは優秀な妖精であり、IFAの事務局に厳重に保管された例のグリムホールドを持ち出すことなど容易いものである。



ほどなくして、ムーアはグリムホールドを手にして、私がいるディズニーのスタジオに現れた。

ムーアは必死になって深夜のスタジオを動き回り、もはや人間の目を気にするのも疎かになっているような感じだった。

『眠れる森の美女』の準備が行われており、マーク・デイヴィスが恐ろしい魔女のデザインに難航していた。

寝ぼけたマークがスタジオでうつらうつらしていると、たまたま廊下をスーッと滑っていくムーアのシルエットを目にしてたいそう驚いた。

マークはシルエットに見た特徴的なツノを悪い魔女の頭に生やし、スタイリッシュな魔女の素案を生み出したとかなんとか。



ムーアが倉庫の奥まで入ったところで、私は彼女の背後に姿を現した。

ムーアは私の気配に気づくと、グリムホールドを開いて私を封じ込めようとした。

しかし、彼女が持っていたのはグリムホールドではなくただの箱だった。

「どういうことだ?!」

ムーアが怯んだすきに、私は隠し持っていた本物のグリムホールドを開いて、彼女を封じ込めることに成功した。

その一連の行動を見ていたコバルトは呆気にとられていた。

コバルト「マウスさん、あなた一体何をしたの?!」
マウス「グリムホールドは本来、悪い妖精を封じ込めるために使われていた箱です。どうしても私を消そうとするのならこれを利用しない手はありません。」
コバルト「でもその箱はIFAの事務局からムーアが盗み出したはずじゃ…?」
マウス「そんなこともあろうかと、事務局に合ったグリムホールドを普通の箱とすり替えておいたんです。あの箱、ウォルトが大事そうに持っていたものなので、後でちゃんと返しておかなきゃ」
コバルト「でもそのグリムホールドには、かつて夜道であなたを襲った黒コートの動物を封じ込めていたはず。開けたらその動物が解放されてしまうのですよ?」
マウス「10年前、あなたはムーアクイーンが私を無条件に排除しようとしていることを教えてくれました。話し合いで解決できない相手であれば彼女を封じることが優先です。黒コートの動物のほうはまだ何者かもわかっていないし、話し合いすらしていませんから」
コバルト「そうですか…。20年間も箱の中に閉じ込められてきたその者がおとなしく話し合いに応じてくれるとは考えにくいですが…。」



コバルトの10年に一度の訪問の時間は、マット・ツーの弔いのために使われた。

IFAに所属するイマジナリー・フレンドたちは自分たちの先人であるマット・ツーの消滅を悼み、彼の遺志を継がなくてはと気持ちを新たにした。

グリムホールドは再びIFAの事務局で保管されることになった。

そして私はウォルトのもとからこっそり持ち出したグリムホールドに似た箱を、やはりこっそりと返しておいた。

箱には「1952」というタグが貼られていた。



<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。

◆コバルト・ブルー・フェアリー
マット・ツーにIFAの統括を任せている妖精。
10年に一度だけ地球を訪れる。

◆マット・ツー
シルクハットをかぶった紳士風の雑種犬。
マウスにイマジナリー・フレンドについて教える。

チャールズ・チャップリン
ウォルトのあこがれの喜劇王
マット・ツーのオーナー。

◆ムーアクイーン
コバルトの同僚の妖精。
強大な魔力を持ち、なぜかマウスを消すことに執着している。

◆マーク・デイヴィス
ナイン・オールド・メンのひとりであるアニメーター。
バンビととんすけを担当した。

史実への招待

チャップリンの映画『独裁者』はヒトラーを笑いものにするコメディとして製作されましたが、そのラストシーンにはチャップリンからの戦争とファシズムへの批判となる痛烈なメッセージが含まれていました。

今でこそ映画史に残る名演説として知られるシーンですが、当時はこの演出の評価が芳しくなく、チャップリン自身の人気の低下を及ぼす結果となりました。

戦後に公開されたブラックコメディ『殺人狂時代』においてもチャップリンの思想に対して批判的な評価が高まりました。

1952年公開の『ライムライト』では、かつての名声と人気を失った道化師を主人公としており、チャップリン自身の凋落を描いているようにも見受けられます。

『ライムライト』では全盛期のライバルでもあったバスター・キートンを共演者に迎え、一度限りのタッグを組んでいます。

チャップリンは同年、ワールドプレミアのためにロンドンへと旅立ち、その道中でアメリカからの事実上の国外追放を受けることとなるのです。