※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。
「マウスさん、ちょっとここでお待ちください」
マット・ツーはそう言うと、奥の階段を下っていった。
地下の部屋で待機していたコバルトは何が楽しいのか、ウキウキして「どう?来た??」とマット・ツーに尋ねた。
マット・ツー「あの、コバルトさん…。折り入ってお話があるんですけど…」
コバルト「ごめん、ちょっと待って。私、あんまり地球にはあまり長い間いられないんだ。話だけなら私が帰ってからもできるから、早いところ今回の任務をやらせてもらおうかな。」
マット・ツーが事情を話す暇もなく、コバルトは意気揚々と階段を登っていき、マット・ツーは慌てて彼女の後を追った。
ロビーに戻ると、受付の猫がいつもどおり気だるそうに書き物をしていた。
マット・ツー「あれ、マウスさんはどこへ行ったんだね?」
猫「なんか血相変えて走って出ていったわよ」
コバルトが地球に上陸できるのは10年に一度。
今回を逃せば、次は10年後である。
その10年の間に突然変異のマウスが何か余計なことをすれば、自分たちの地球をより良くする計画はもしかしたらおじゃんになるかもしれない。
「どうしよう!ここでしくじったら他のみんなに迷惑かけちゃうよ!」
コバルトは慌てふためき始めた。
マット・ツーは、冷静にマウスを本当に消すべきなのかと相談することにした。
マット・ツー「確かに、イマジナリー・フレンドは妖精さんたちが地球に持ち込んできた新たなルールです。だから妖精さんたちがイマジナリー・フレンドをきっちり管理したいという考えもわかります。でも、突然変異で誕生したマウスさんをそんな理由で排除してよいものでしょうか?」
コバルトは驚いた様子だったが、マット・ツーの話を聞くうちに次第に真面目な表情になった。
コバルト「それは…私も薄々感じてはいました。私は彼に会ったことはありませんが、あなたはこの4年間彼のことを調査していたはずです。私たちに報告したこと以外にも彼のことを見てきたでしょう。私はあなたとの付き合いも長いですし、あなたの判断を無下にはしないつもりです。いかがですか?」
マット・ツー「はい、私は早急に判断するべきではないと思います。それに突然変異であれ、マウスさんも私たちの活動を妨害してくるとは限りませんし、むしろ手を差し伸べてくれる可能性もあります。希望を言えば、せっかくだからコバルトさんにもマウスさんに会っていただきたいです。」
さて、マウスはなかなか戻ってこなかった。
マウスはマット・ツーからイマジナリー・フレンドの話を聞き、カエルのトニーのもとへと走っていた。
マウスのオーナーであるウォルト・ディズニーにはアブ・アイワークスという仲間がいたが、彼は他のスタジオに引き抜かれてしまった。
アブがいなくなった時、トニーはマウスに「ウォルトをアブのスタジオに移籍させるように」と要求してきた。
当時、イマジナリー・フレンドのことを何も知らなかったマウスはなぜトニーが自分にそんなことを要求しているかはわからなかった。
しかし今となっては、トニーがアブのイマジナリー・フレンドであったと考えれば合点がいった。
トニー「そこまで言うなら仕方ないでヤンスね。アブを再びウォルトさんと組むように説得してやらんこともないでヤンス。ただし、ミッキーやシリー・シンフォニーをMGMの配給にするならね!」
マウス「MGM…?」
マウスは耳をピクッと動かし、頭の中で彼の言葉を復唱した。
マウス「なぜ、MGMなんです?」
トニー「え、なぜって……そりゃあ、カエルのフリップはMGMの持ち物で…」
マウス「でもアブはアイワークス・スタジオの人でしょう。ウォルトと再び組ませる条件がアイワークス・スタジオへの引き抜きならまだ分かる。でも配給会社のメリットがアブの望みというのはピンときません」
トニー「えっと、それは、その…。」
マウス「あなた、一体、誰なんですか。」
トニーはしまったと言わんばかりに大きな唇をぶるぶる震わせていた。
マウス「トニーさん。私の目の前でアブと話すところを見せていただけますか…?」
トニー「それは…御免被るでヤンス…」
なるほど、トニーとアブは赤の他人だったようだ。
ウォルトは我が子である可愛い作品を公開するビジネスパートナーである配給会社を探すことにいつも苦労していた。
ウォルトの作品の良さを見抜いてチャンスをくれたところもあれば、金のなる木のように捉えて利用しようとしたところもあった。
様々な人間がいるのは当たり前のことで、彼らのように話し考えるイマジナリー・フレンドも同様であった。
人間同士が話せないことでも、イマジナリー・フレンド同士が代理人のように話せば何か解決できるかもしれないと一瞬でも期待したマウスはとぼとぼと元来た道を歩いていた。
マット・ツー「マウスさん、戻ってきませんねぇ…」
コバルト「えぇ。でも私、もうすぐ帰らないと。これ以上地球にとどまっていては私のパワーがもちません。ルール破るとおしおきが結構キツいんだよぉ…」
マット・ツー「そうでしたね。」
コバルト「何はともあれ、現時点では彼を消すことはできません。また10年後、彼を連れてきてください。その時にしっかり見極めましょう。」
マット・ツー「はい、わかりました。お気をつけて。」
コバルトが帰っていき20分ほどすると、マウスはIFAに戻ってきた。
マット・ツーはホッとしたように「命拾いしましたね」と一人つぶやいた。
<つづく>
登場人物
◆マウス
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。
◆ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。
◆マット・ツー
シルクハットをかぶった紳士風の雑種犬。
妖精たちからマウスを消すための調査を依頼されていた。
◆コバルト・ブルー・フェアリー
マット・ツーにIFAの統括を任せている妖精。
イマジナリー・フレンドを管理しており、10年に一度だけ地球を訪れる。
◆トニー
赤い蝶ネクタイをしたカエル。
何者かのイマジナリー・フレンド。
◆受付の猫
IFAの受付を務める気だるい雌の猫。オーナーはいない。
史実への招待
1941年の『ダンボ』では、ダンボを支え導く兄貴分としてネズミのティモシーが登場します。
本作では「象がネズミを怖がる」という通説が採用されており、ティモシーはだんぼをいじめるおばさん象たちを痛快な方法で懲らしめます。
1949年、『イカボードとトード氏』の『たのしい川べ』ではミズネズミのラットが登場します。
ラットは自分本位なトード氏に愛想を尽かしながらも忠告してくれる人格者のキャラクターとして描かれています。
1950年の『シンデレラ』では、義理の家族から酷い仕打ちを受けるシンデレラの良き理解者としてネズミたちが登場します。
ネズミたちはシンデレラを慕い支える心強い味方です。
一方、猫のルシファーにはめっぽう弱いというネズミらしいキャラクター設定もされています。
1951年の『ふしぎの国のアリス』に登場するドーマウスも猫が苦手です。
<つづく>