【連載】幻のねずみ #16『道楽かこだわりか』
※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。
1935年、ウォルトとロイはそれぞれ結婚十周年を迎えた。
ロイは今まで付いてきてくれた妻たちに恩返しをしようと世界旅行へと誘った。
彼らはイギリス、フランス、スイス、イタリア、オランダを巡った。
途中で国際連盟からミッキーにメダルが貰えることになり、パリへと向かった。
当時、ミッキーの快挙は世界中で評価されていたが、大金を注ぎ込んで長編アニメーション映画を作ろうという白雪姫には冷ややかな目が多く、「ディズニーの道楽」と囃し立てて報道するメディアもあった。
配給会社のマネージャーやポロ仲間など、個人的な付き合いのある一部の人ぐらいしか味方はおらず、ウォルトは落胆することもあった。
しかし、旅先のフランスでミッキーの短編映画をまとめて長編のように上映している劇場を見かけると、「自分がやっていることは間違っていない」とたちまち元気になるのであった。
世界初の長編カラーアニメーションという前代未聞の企画に対し、周囲の声は様々であった。
マスコミは「90分も見てられるか。目を痛めてしまう。みんな目から出血してしまう。」と書き立てた。
短編アニメーションの配給を担当していたユナイテッド・アーティスツの期待値は高かったが、利益に対する取り分の要求が厳しく、ロイは折り合いがつかないと判断した。
結局、チャップリンが設立したユナイテッド・アーティスツとは手を切り、『白雪姫』の配給はRKOと契約することになった。
この会見は「あのミッキーマウスがRKO所属に!」といったニュースになった。
また、この会見の中でウォルトは『白雪姫』を1937年のクリスマスまでに完成させる予定だと発表した。
RKOは『白雪姫』を大人向けの娯楽として押し出すため、白雪姫と王子のロマンスを全面的に押し出すべきだと提案した。
本作のタイトルは『Snow White and Seven Dwarfs』というのだが、このタイトルから七人のこびとを外したほうがよいというのがRKOの主張であった。
ウォルトはあくまで自分が作ったのは『Snow White and Seven Dwarfs』という映画なのだ、とその提案を突っぱねた。
ウォルトとアニメーターはそれだけこの七人のこびとというキャラクターを大切にした。
『白雪姫』というおとぎ話には様々なバージョンが存在しており、物語の核となる部分は同じだが、細かく見ていくと異なる点がたくさんある。
例えば、『白雪姫』の最古のバージョンに登場する悪役は白雪姫の実母なのだが、母親を愛するグリム兄弟によって継母という設定に変更されたと言われている。
また、グリム版だと継母はまず白雪姫をコルセットで失神させるも、こびとたちによって目を覚ます。
次に、白雪姫を毒の櫛で刺すが、またもこびとたちによって難を逃れる。
最後に毒リンゴを使ってようやくこびとの手に負えなくなる、という流れだった。
ウォルトは継母が白雪姫を三度も殺そうとするのは映画としてくどいと判断し、最も印象的な毒リンゴのみを残すことにした。
『白雪姫』の映画で描かれる時間は1日半であり、その中で映画に落とし込めるのはたった80分である。
ウォルトは今やアニメーションの絵を描くことはなくなっていたが、必要なシーンと不要なシーンを判断する編集能力に関してはピカイチであった。
ウォルトのチェックは特に残酷で、ウォード・キンボールが気合を入れて作った、こびとがスープをリズミカルに飲む愉快なギャグ・シーンも丸ごと削ってしまい、ウォードはスタジオを辞める決意をするほどヘソを曲げてしまった。
白雪姫を助ける盗賊たちにも様々なバリエーションがあり、6人組のバージョンや12人組のバージョンもあった。
そこでアニメーターらは七人のこびととしてディズニーらしい丸みを帯びたデザインを提案し、七人全員に特徴的な個性を与えることにした。
こうしたウォルトのこだわりがある以上、RKOの提案が退けられるのはある種当然のことなのである。
ウォルトがスタジオを留守にしていた間もスタッフたちはせっせと仕事を続けていた。
ある日、ロイがさらなる25万ドルの融資を受けるためには、バンク・オブ・アメリカのジョーゼフ・ローゼンバーグに出来かけを見せないと厳しいと言った。
銀行も自分がどんなものに大金を貸しているか把握しておきたいのである。
ウォルトは未完成品を見せることを嫌がったが、資金のためなら仕方なく、製作途中のアニメーションやセル画、さらには静止画を組み合わせたフルバージョンを制作した。
当日、ウォルトはローゼンバーグを迎え入れると、早速彼を試写室へと通した。
映像が始まると、ウォルトはできかけの映像について事細かに解説を始めた。
完成しているシーンについてはその映像に込めた意気込みを、未完成の線画についてはその完成品のイメージが浮かぶようにウォルトの脳内の情報を詳細に語った。
ローゼンバーグはウォルトの話を静かに聞いていた。
80分に渡るウォルトの個人芸が幕を下ろすと、ローゼンバーグは何も言わずに試写室の外へと出た。
すると、天気の話や政治の話など『白雪姫』とは関係のない他愛のない話を始めた。
ウォルトはローゼンバーグの問いかけに受け答えしながらも、彼の感想が聞きたくて気が気でなかった。
結局、作品の話を一切しないまま、ローゼンバーグは車に乗り込んだ。
すると、去り際に「今日はどうも。ありゃ大した金になりますよ。」とだけ言い残して車を走らせた。
ウォルトは人知れずニッコリ笑うと、車の後ろ姿に向かって頭を下げた。
<つづく>
登場人物
◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。
◆ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。
◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。
◆ウォード・キンボール
ディズニー・スタジオのアニメーター。ウォルトと同じく鉄道好き。
自身の担当したシーンがカットされてしまう。
◆ジョゼフ・ローゼンバーグ
バンク・オブ・アメリカの銀行員。
ディズニー・スタジオの新作の視察に訪れる。
史実への招待
現在、バーバンクにあるディズニーのアニメーション・スタジオは『白雪姫』で大成功を収めるまで、ハイペリオン通りにありました。
ハイペリオンで生まれた最後の傑作ともいえる『白雪姫』のブルーレイでは、静止画のハイペリオン・スタジオを巡りながら数々の特典映像を楽しむことのできるコンテンツが収録されています。
ディズニーの歴史において重要な意味を持つこのハイペリオンという地名は、後のディズニーの様々なコンテンツに引用されています。
実写映画『地球の頂上の島』にはハイペリオン号という飛行船が登場します。
この映画をベースにした新エリアがディズニーランドに計画されていたのですが、映画の不振によって企画は中止し、後にディズニーランド・パーク (パリ)に『カフェ・ハイペリオン』が建設されました。
ちなみにディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーのハリウッド・ランドにはハイペリオン・シアターという劇場があります。
日本の東京ディズニーリゾートだと、ディズニーアンバサダーホテル内に『ハイピリオン・ラウンジ』というロビーラウンジが構えられています。
舞台裏よりのところだと、ディズニー社が開発したレンダラの名前にも。
他にも、バーバンクのスタジオの部屋の名前や、ディズニーの出版社、ドラマ『ワンス・アポン・ア・タイム』の地名だったり。
気になるハイペリオンを見つけてみてはいかがでしょうか?