ディズニー データベース 別館

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【連載】幻のねずみ #21『はなれても いっしょ』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


1941年、『ダンボ』を作っている間のスタジオは赤字のほかにも重大な問題を抱えていた。

『白雪姫』の大成功でバーバンクに建設したスタジオはたいそう立派なものではあったが、アニメーションを制作するためにすべてが合理化され、創造性が失われつつあった。

組織も大きくなり、かつてはウォルトの家族のようだった従業員も、人数の増加に伴い面識のない社員も増えていた。

社内の上下関係も厳しくなり、脚本家や男性アニメーターは給与の面でも福利厚生でも大幅に優遇されていたが、色塗り担当の女性スタッフは恵まれない状況にあった。

ウォルトは知らなかったが、私はスタジオの中を這いずり回っている中で、不満を持つスタッフの声を何度か聞いたことがある。

しかし、ウォルトは「このスタジオは私の家族のようなものだよ」とごまかした。

そんなウォルトを説得しようとしたのは意外な人物であった。

彼はグーフィーの生みの親であり、長編映画でも主要な役割を手掛けた優秀なアニメーターのアート・バビットであった。

バビットはいわゆる成功者であり、仕事をこなせる高給取りであったが、待遇の悪い他のスタッフへの同情心に溢れ、正義感も強かった。

バビット「ウォルト、知ってるかい?この間、スタジオでアシスタントの子が倒れてしまっただろう?」
ウォルト「あぁ、そうらしいね」
バビット「この恐慌のせいで彼女の夫は疾走してしまったらしい。彼女は週給16ドルだから蓄えも足りないし、昼食を抜いて栄養失調になったらしいんだ。」

ウォルトはこうした重要な話すら聞くことを嫌がった。

ハリウッドでは漫画映画化組合のハーバート・ソレルがディズニー・スタジオにも組合を作らせようとしており、強硬的な姿勢が目立った。

2月10日、ウォルトは従業員を講堂に集めてスピーチを行った。

彼は自身の弱さをさらけ出し、より良い作品づくりのためには団結が必要だと説明した。

しかし、彼の演説は火に油を注ぐ結果となった。

「社員を家族のように思っていると言いながら、ウォルトは自分を特別だと思ってるんじゃないか」とか「ウォルトとロイが受け取るべき役員報酬の多くを従業員にボーナスとして還元してやってるような口ぶりだった」とか「不公平な待遇に声を上げた人たちのことを駄々っ子のように扱った」といった感想が蔓延し、従業員の多くは激怒した。

バビットもこの演説を機に組合加入への決意を固め、数名の従業員が彼に追随した。

それを知ったウォルトはバビットの行為を個人的な裏切りと受け止め、「君が一日中どれだけの絵を描いて貢献しようが、従業員を労働組合に入れるのをやめなかったら、君を正面玄関から放り出してやるからな」と廊下で言い放った。

1941年5月28日、ディズニーは勤務時間内に組合活動をしていたことを理由に、バビットを解雇した。

この知らせは瞬く間にバーバンクのスタジオに知れ渡り、その晩従業員たちはウォルトへの対抗を強く決意した。



朝になり、ウォルトがスタジオに来るとすでにデモ行進が始まっていた。

従業員の掲げるプラカードは私が言うのなんだがユーモアに溢れており、ピノキオの「俺たちは操り人形じゃないぞ」といったイラストや、「俺たちは人間だ。ネズミじゃない。」といった私にはなんとも言えないものまで揃っていた。

ストライキにはアニメーターの半数が参加しており、待遇の悪い低賃金の従業員だけでなく、ウォルトが信頼する顔も数名いた。

ディズニーだけでなく他の会社のスタジオの人も便乗して参加していた。

アニメーターは自分たちが解雇されることを恐れ、給与体系が不透明だと主張したり、クレジットに名前を載せることを要求したりした。

ウォルトら経営者側も交渉に応じたが、従業員側がウォルトの提案には応じようとしなかった。

当時のハリウッドでは、共産主義という亡霊を悪者にすることが流行っており、ウォルトもこのストライキ共産主義による陰謀だと思い込もうとしていた。

この出来事が、成功者となったウォルトは部下との間の溝に初めて気付いたきっかけであり、また彼が従業員を家族だと思わなくなったことの大きなきっかけでもある。



ストライキでウォルトは疲弊していたが、私も仲の良かったスタジオの仲間同士が争っている姿は見るにたえず、気が滅入ることもしばしばあった。

しかし、一番堪えたのは私とダック宛てにある手紙が届いた時だった。


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親愛なる友人たちへ。

いつもオイラと仲良くしてくれてありがとう。

この間、マウスが「君は誰のイマジナリー・フレンドなの?」と聞いてきたことを覚えてるかい。

オイラはあの時、マウスの言っていることがわからなかった。

でも、今はわかった。

オイラはアート・バビットさんってヒトのイマジナリー・フレンドみたいだ。

イマジナリー・フレンドってのが何かよくわからないけど、これからはディズニーを去るバビットの力になれるようにオイラなりにがんばっていくよ。

最後になるけど、ディズニーさんがオイラと遊んでくれたり、プルートやグーフィーのヒントにしてくれたのは嬉しかった。

もちろん君たちと過ごしたことも忘れないよ。

愛を込めて パップ

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<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆フクロウさん
IFAで長年預かられている身元不明のフクロウ。
常に眠っており、ほとんど目を覚ますことはない。

◆ジョー・グラント
ディズニーのアニメーター。
キャラクターデザインやストーリーを手掛ける。

◆ディック・ヒューマー
ディズニーのアニメーター。
ストーリー・ディレクターを手掛ける。

ベン・シャープスティーン
ディズニーのベテラン監督。
ピノキオ』や『ダンボ』を手掛ける。

◆オリバー・ウォレス
イギリス出身の音楽家
ディズニーを中心に活動している。

◆フランク・チャーチル
ディズニーの音楽家
『三匹の子ぶた』や『白雪姫』でヒット作を生み出す。

◆ネッド・ワシントン
アメリカ出身の作詞家。
『星に願いを』が好評を博した。


史実への招待

グーフィーの生みの親であるアート・バビットは優秀なアニメーターとして評価され、初期の長編映画『白雪姫』『ピノキオ』『ファンタジア』『ダンボ』などでも活躍しました。

バビットは父親を亡くしたことをきっかけに、アイオワ州からニューヨークへと移住してキャリアをスタートさせました。

テリートゥーンのスタジオでビル・タイトラと出会ったバビットは彼に連れられてディズニーへと移籍しました。

当初はアシスタントだったバビットはすぐに頭角を現し、アニメーターに抜擢された『田舎のねずみ』はアカデミー賞受賞作品となりました。

『白雪姫』ではヴィランである王妃のアニメーターを担当しました。

同作では後の妻となる、白雪姫のモデルを務めるマージョリー・ベルチャーと出会いました。

アニメーターとしてはかなりの高収入となったバビットですが、他の低賃金のスタッフの待遇について疑問を持っていたようです。