みんなー!
自主規制やってるかー!
ディズニーシアターからDisney+へのサービス移行に伴い、一部の作品の説明文に「この作品には、現在では不適切な表現が含まれますが、作品のオリジナリティを尊重して制作当時のまま配信します。」という但し書きが含まれるようになりました。
この経緯について簡単にお話ししますと、北米版Disney+の開始前、『ダンボ』のカラスや『わんわん物語』のシャム猫のように、特定の人種(黒人やアジア人)のステレオタイプを思わせるようなキャラクターのシーンはカットされると噂されていました。実際には冒頭のような但し書きの記載のみで、映像自体に変更は加えられませんでした。カラスのシーンを削って物語が成立するのかは謎。
今、世間は大コンプライアンス時代です。特に表現をビジネスとしている会社では時代に合わない表現は修正されるべきだと考えられており、ディズニーも例外ではありません。そこで今回は、ディズニーの自主規制の世界をサクッと振り返ってていきたいと思います。
それでは1億3,000万人の誰か一人にでも響くことを祈って…!
※ディズニーが表現変更を行う際、厳密に「この場面を○○という理由で○○に変更しました」と公式に発表することはほとんどありません。本記事は実際に行われた変更やしばしば推測されている理由や議論を紹介するものであり、ディズニーが「これは自主規制による変更です」と明言しているものではないということをご承知おきください。
- 目次
ディズニー自主規制界の頂点
南部の唄
ディズニーで自主規制といえば、もちろん『南部の唄』ですよね。
『南部の唄』は1946年に公開された実写+アニメによる映画で、黒人のリーマスじいさんが話すうさぎどん、きつねどん、くまどんの民話を通して、白人の少年少女との心の交流が描かれる作品です。本作は賛否両論ありつつも興行的には大ヒットしたのですが、全米黒人地位向上協会から「黒人の描写に歴史的背景が考慮されていない」といった抗議があり、アメリカでは1986年の再公開を最後に、現在では自主規制の対象となっています。
自主規制は国によって異なります。アメリカでは一度もビデオとしてリリースされなかった本作ですが、外国に向けては数回リリースされました。日本でも1987年と1992年の二回ビデオが発売がされており(吹替もそれぞれ異なる)、入手困難とはいえ視聴できる可能性は存在しています。
うさぎどんたちが登場するアニメーション部分は規制対象外となっており、アメリカでも1989年に『スプラッシュ・マウンテン』というアニメ部分をモチーフにしたアトラクションが作られました。このアトラクションは1992年に日本でも導入されています(吹替キャストは1987年版準拠)。うさぎどんたちは他にもテーマパークやゲームにも登場しています。
2019年のDisney+リリースに際し、『南部の唄』の解禁を希望する声も多く見られましたが、CEOのボブ・アイガーは「今の時代にそぐわない」という理由で本作を今後も解禁しない方針であることを公言しました。『南部の唄』は物議を醸す存在であり、『スプラッシュ・マウンテン』はセーフという扱いでしたが、タイムリーなところだとこんな署名活動をするファンもいるんだとか。↓
Disney Parks Fans Petition for Splash Mountain to be Re-themed Into “Princess and the Frog” Attraction Due to Racial Stereotypeshttps://t.co/QWuhryTYLw pic.twitter.com/sY2dmxy45L
— WDW News Today (@WDWNT) 2020年6月11日
①南部の唄は今の時代にそぐわない!
②だからスプラッシュ・マウンテンもやめろ!
③プリンセスと魔法のキスのアトラクションに変えろ!
…とのことです。
………お前、さてはただのプリキスファンだな…?!
メイク・マイン・ミュージック
『南部の唄』という神と肩を並べるほどではないのですが、同じ1946年に公開されたオムニバス映画『メイク・マイン・ミュージック』も北米版Disney+未配信繋がりで取り上げておきましょう。
この映画はポピュラー音楽版『ファンタジア』といった作品で、『メロディ・タイム』と双璧を成す(べき)作品ではあるのですが、日本での知名度はいまひとつです。それもそのはず、ディズニーのアニメーション・スタジオの長編映画58本の中で唯一、日本の公式で視聴する環境が無い作品だからです(ディズニーの監修が緩かった1985年には一度VHS化されたことはあるが現在は視聴困難)。日本で発売されない理由はおそらく単に需要が無いからであり、自主規制とは関係ありません。
【追記】長らく視聴困難とされてきた『メイク・マイン・ミュージック』ですが、GYAO!ストア(ビデオマーケット)では1985年に発売されたVHSのマスタが吹替音源も含めてそのまま配信されています。300円ほどで視聴可能ですので、見たこと無い方は是非。
アメリカではDVDが普通に販売されているのですが、第1話にあたる「谷間のあらそい」というシークエンスが、良い子にはふさわしくない銃撃シーンが含まれているために全カットされています。オープニングでもこの話の歌を担当した歌手の名前が削られています。この作品も海外向けのリリースは別マスターとなっており、イギリスで発売されたバージョンには「谷間のあらそい」は収録されているそうです。
その他のセグメントでは、「みんなジャズがお好き」で着替える女の子の胸のサイズが小さく修正されています。
【画像出典】
Default Disney: Make Mine Music (1946) - Hilarity by Default
以上、世界的に自主規制の頂点に立つ『南部の唄』とアメリカの自主規制の定番『谷間のあらそい』の二作品をご紹介しました。『メイク・マイン・ミュージック』は北米版Disney+で配信される可能性はまだありますが、『谷間のあらそい』が配信されるかは定かではありません。
不謹慎BIG5と仲間たち
続いて、Disney+の但し書きの対象となった作品群より、ディズニー映画の人種差別を語る上で欠かせない、不謹慎BIG5をご紹介していきたいと思います。
カラス(ダンボ)
『ダンボ』でダンボに魔法の羽を与えて勇気づけてくれる気の良い5羽のカラスたち。彼らは黒人のステレオタイプとして描かれていると言われており、規制の対象として語られるキャラクターです。
リーダーのダンディ・クロウにはジム・クロウという名前もあてられているのですが、ジム・クロウとは白人俳優が顔を黒く塗って演じた黒人キャラクターであり、転じて人種差別的な内容を含む州法をジム・クロウ法と呼ぶようになりました。ジム・クロウとカラスのクロウがかかっています。実際、本作のジム・クロウの声は白人のウクレレ奏者クリフ・エドワーズが演じており、白人が黒人を演じるオリジナルのジム・クロウを彷彿とさせるキャスティングとなっています。
カラスたちは再登場の機会に恵まれないキャラクターであり、実写版では喋る動物が軒並みカットされているため登場しません。台詞なしですが『ロジャー・ラビット』にはミュージシャンとして登場しています。
また、『ダンボ』にはサーカスのテントを建てる雑役夫の黒人男性たちが登場するのですが、彼らは歌の中で無学で働くだけの人々として歌われています。日本語ではテントの規模やそれを建てる大変さを歌うだけのマイルドな歌詞に変更されています。
インディアン(ピーター・パン)
『ピーター・パン』に登場するインディアンたちもステレオタイプで描かれた野蛮人として自主規制されています。インディアンやRedskinといった表現自体もふさわしくない表現であり、本作のインディアンはまんま真っ赤な肌を強調して描き、歌にもなっているため但し書きは必要となっています。
東京ディズニーランドの『ピーターパン空の旅』など規制前から登場していたアトラクションでは引き続き登場していますが、最新の上海ディズニーランドのバージョンでは彼らのくだりは省略されています。
『ピーター・パン2 ネバーランドの秘密』でも彼らの出番はなく、ネバーランドを冒険できるゲーム『キングダム ハーツ バース バイ スリープ』でも集落は登場するものの、彼らの姿は一切ありません。
『ピーター・パン』の映画自体には但し書きのみで、特に規制は入っていませんが、日本語版においてはDVD化の際にインディアンに関する台詞が一部変更、酋長の呼び名も原語版のチーフに変更されています。
余談ですが、ディズニーの映画『トム・ソーヤーの大冒険』やパークの『トム・ソーヤ島』にてインジャン・ジョーという名前の悪役が登場します。これはマーク・トウェインの原作に登場する名前ではありますが。彼はインディアンと黒人の混血であり、インジャンという言葉はインディアンの蔑称にあたります。
サイ&アム(わんわん物語)
『わんわん物語』に登場するシャム猫の双子サイとアム。彼女らはアジア人のステレオタイプで、出っ歯、細い目、砕けた英語のキャラクターで描かれています。このアジア人の描かれ方はハリウッド映画の定番であり、後に映画史上最も恥ずべき表現とも揶揄される『ティファニーで朝食を』のユニオシ(ミッキー・ルーニー)に共通する部分もあります。
そんな彼女らはレディをいじめる嫌な奴として登場します。『わんわん物語II』ではだいぶ丸くなり、ちょっと出てくるだけで悪さもしないためか、但し書きはありません。Disney+で初公開された実写版ではこの問題を回避するためか、デヴォン&レックスという新キャラに差し替えられており、ペギー・リーの担当したテーマソングも新曲に差し替えられました。
キング・ルイ(ジャングル・ブック)
『ジャングル・ブック』で主人公のモーグリを誘拐し、火の使い方を教えるように迫るオランウータンのキング・ルイもしばしば争点となるキャラクターです。彼が論争の種となった要素は「声」です。
ウォルトが最後に携わった『ジャングル・ブック』では、顔の有名な声優の起用を良しとしなかったディズニー社が、メインキャストを有名俳優で固めた転換点ともなった作品です。この作品ではキャラクターの性格や動きに担当声優の特徴を採り入れるという今ではおなじみの手法が使われています。
そんなキング・ルイを演じたのは『Sing, Sing, Sing』で有名なルイ・プリマです。キング・ルイのスウィングジャズを好むところはルイ・プリマそのものなのですが、ジム・クロウの時のようにヨーロッパ系の彼が演じるキング・ルイの声はいかにも黒人らしいステレオタイプで演じられています。
キング・ルイは不遇なキャラクターであり、彼が抱えているのは人種問題だけではありません。ルイ・プリマが亡くなった後の2001年、彼の妻は『ジャングル・ブック』のビデオの売上金の一部を声優にも支払うべきだとディズニーを訴えました。映画が公開された1967年当時はもちろんビデオなど発売されておらず、音声収録とサウンドトラックの権利に関する契約しか結ばれていませんでした。
彼女はそれだけでなくTVシリーズ『テイルスピン』に登場するキング・ルイにも夫の声が使われているからと声の使用料を求めました。しかし、こちらのキング・ルイの声は声優のジム・カミングスが演じたものであり、あまりに激似だったために彼女が夫の声と勘違いしたという逸話があります。
ディズニーはこの妻訴訟問題を回避するため、2001年からキング・ルイを喋らせることを避けました。2003年に発売された『ジャングル・ブック2』ではシルエットのみの出演ですし、『ハウス・オブ・マウス ミッキーとディズニーのなかまたち』では彼の代わりにキング・ラリーというそっくりな双子のキャラをわざわざ創作して出した程です。2016年の実写版では設定が一新され、クリストファー・ウォーケンが新たなキング・ルイ像を生み出しました。
自主規制された作品たち
Disney+では「制作当時のまま配信します。」と記載されてはいるものの、実際には後年編集されたバージョンで配信されている作品もあります。
つまり、この但し書きが意味するのは「不適切な表現があるけどオリジナル版をそのまま配信するからごめんね」ではなく、「不適切な表現があるけど現存する最新のHDマスターをそのまま配信するからごめんね」ということのようです。
但し書きの無い作品にもオリジナルから変更のある作品もありますので、いくつか見てみましょう。
蒸気船ウィリー
ミッキーのスクリーンデビューとして有名な本作。ミッキーが動物を楽器のように使って演奏する、動物愛護的観点からは異議ありそうな作品ですが、「お母さんのお乳を飲む子豚を引き剥がして蹴っ飛ばす」というシーンは自主規制の対象となっています。
ただし本作の規制は比較的緩くなっており、メディアによっては規制解除となっているケースもあり、『ミッキーマウス B&Wエピソード Vol.1 限定保存版』『セレブレーション!ミッキーマウス』『Disney+(北米版)』ではノーカットで収録されています。一方、『Disney+(日本版)』では、2020年6月現在カット版の配信となっています。
※規制解除については、とーどさん(https://twitter.com/MrToad_1949)からご指摘いただきました。ありがとうございました!
動物愛護団体対策を理由に自主規制するケースはほとんどありませんが、本作でカットが行われたのはやはりミッキーだからこそでしょう。以下の記事もご参照ください。
ファンタジア
『ファンタジア』はそもそも初っ端が大赤字の作品で、利益を回収するために何度もマイナーチェンジ再公開が行われたためそもそもバージョンが乱立しています。
https://w.atwiki.jp/wrtb/pages/28.html
自主規制という観点では、黒人奴隷を思わせる女の子サンフラワーがトリミング処理で映らないようにされていたり、デジタル消去で消されたりしています。サンフラワーだけが映る数秒のシーンはカットされ、代わりに帳尻合わせのために黄色い女の子が歩く全く同じシーンが2度挿入されます。
ラテン・アメリカの旅
グーフィーの喫煙シーンでタバコが消去されており、彼が大きく煙を吸い込むアクションに関してはそのシーンが丸ごとカットされています。直後のグーフィーが吹っ飛ぶシーンもカットの順序が変更されています。
【規制前】
格好つけるグーフィー(口にはタバコ)
↓
大きく煙を吸い込む
↓
空中に吹っ飛ぶ
↓
地図上を飛ぶ
【規制後】
格好つけるグーフィー(タバコは消去)
↓
地図上を飛ぶ
↓
空中に吹っ飛ぶ
三人の騎士
作品自体に修正は入っていませんが、三人の騎士のテーマソングが後の作品で使用される際に規制の対象となっており、歌い出しの歌詞が変更されています。
『三人の騎士』
We're three caballeros
Three gay caballeros
『The Three Caballeros Ride Again』『ダックテイルズ』
We're three caballeros
Yes, three caballeros
『三人の騎士の伝説』
We're three caballeros
Three brave caballeros
本来、「陽気な」を意味するgayという表現が現在では規制対象となり、コミックやTVシリーズでは変更されています。なお、エプコットの『三人の騎士のグラン・フィエスタ・ツアー』では規制前の歌詞が使われています。
メロディ・タイム
『青い月影』というシークエンスには2種類の映像があります。1948年に劇場公開されたバージョンではペコス・ビルがタバコを咥えており、竜巻を捕まえてタバコを作るシーンがあります。
2000年に発売された北米版DVDではペコス・ビルのタバコが消去されており、竜巻を捕まえてタバコを作るシーンは全カットされています。
日本ではVHS、ディズニー・チャンネル、DVD、ディズニーデラックスのいずれも劇場公開版の映像が使用されていました。アメリカでは頑なに北米版DVDの映像しか流通していなかったのですが、2019年のDisney+リリースによって初めて劇場公開版が視聴可能になりました。
ビアンカの大冒険
アメリカで初VHS化された際、背景に一瞬トップレスの女性の画像が映り込んでいることが判明し、自主回収が行われました。日本発売時には既に修正済みだったので、今から急いで中古屋に探しに行こうと思った方は諦めてください。
Disney+の新たなる自主規制
『トイ・ストーリー2』や『スプラッシュ』など北米版Disney+で新たに自主規制として編集が施されたバージョンの作品もあります。
『トイ・ストーリー2』はNG集でプロスペクターがバービー人形たちに枕営業を想起させる発言をしているシーンがカットされました。こちらは世界共通でBlu-ray再販時に同様のマスターが収録されました。WOWOW放送時や金曜ロードSHOW!の小窓の高速クレジットでもしっかり差し替えられていました。
『スプラッシュ』はダリル・ハンナ演じる全裸の人魚が海へと走っていく場面で、彼女の後ろ髪がデジタル処理によって増毛され、一部ファンから「なんてことしてくれたんだ!」と怒号が飛びました。こちらの修正は北米版Disney+で行われており、日本版Disney+ではまだ修正されていません。
おわりに
ディズニーの自主規制を見ていくと、大きく分けて人種差別的なもの、性的なもの、タバコの3つに分けられます。
人種問題に関しては物語上必須なキャラクターや音楽に関してはそのまま使用されることが多いようです。一方、アニメーションにおける主人公キャラクターの喫煙シーンや性的な表現を思わせるシーンには修正が入ることも多く、ファミリー向けに安心して視聴できる環境を目指しているようです。
我らがミッキーもかつては顔を黒く塗って黒人を演じていた時代もあります。ウォルト・ディズニー・トレジャーズのように注釈をつけてそのまま収録するケースもありました。こういった自主規制の問題には、「不適切なものは修正・封印すべきだ」という意見や「注釈をつけてオリジナルのまま配信すべきだ」という意見など様々な声があります。「このシーンは規制なのにどうしてあのシーンは規制してないの?」と感じることもあると思います。
この記事をきっかけにこうした自主的な規制を調べて、ウォルト・ディズニー社という一企業がこうした表現にどのように向き合っているかのヒントが得られればと思います。