※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。
フェアリー・ホロウにいるコバルトのもとに地球から着信があった。
かつてマット・ツーから頻繁に連絡を受けていた回線だった。
コバルト「…はい。」
マウス「お久しぶりです。コバルトさん」
コバルト「あ、マウスか!なんだなんだ、びっくりした!」
コバルトは朗らかに答えた。
コバルト「そちらから通信してくるなんて珍しいわね。何かあったの?」
マウス「はい。コバルトさん。ずばりお伺いします。この世界はロイ・ディズニーにとっての二周目ですね?」
コバルト「……へ?」
マウス「この世界は繰り返されている、ということです。そしてあなたが繰り返しを実行した張本人だと思っています」
コバルト「それは輪廻のことをおっしゃってるのかしら?」
マウスはロイから聞いた一周目が終わる瞬間の話をそのまま伝えた。
コバルト「なるほど。それでロイさんの前に現れた妖精が背の高い美人さんだったから私だと思ったわけね。ふふっ。マウスちゃん、意外と可愛いところあるのね!」
マウスはコバルトに笑われて怯んだ。
コバルト「ありがたいけどね、それは私じゃないわね。」
マウス「え??」
コバルト「その条件に当てはまる妖精といったら、きっとムーアね。」
ムーアはコバルトら落ちこぼれの妖精たちをサポートする優秀な妖精だった。
彼女は、マウスのようなイレギュラーな存在を排除しようとする過激な行動を取るフシがあり、マウスを消そうと地球にやってきたところ返り討ちにあって封印されたのである。
コバルト「ムーアはあなたのことを消そうとしていたでしょ?二周目の世界において、あなたの存在が不都合だったのではないかしら?」
マウス「不都合……。」
コバルト「うーん…。世界を繰り返すなんて魔法は並の妖精ではできないわよ。地球に携わった妖精の中でそれができるのはムーアだけよ。それは間違いない。かくなる上は本人に聞いてみるしかないわね。」
ムーアは13年前にマウスがグリムホールドと呼ばれる黒い箱に封印している。
彼女を解放することはマウスにとってリスクでもある。
私が悩んでいると、懐かしい声が聞こえた。
「お前さんの居場所は見つかったかね?」
IFAの事務局で長年預かられている、身元不明のフクロウさんだった。
フクロウさんはいつも寝ていたが、一度だけ目をカッと開いてマウスに「そこはお前の居場所か?」と一言だけ呟いたことがあった。
マウス「えぇ、お久しぶりです、フクロウさん。あなたのおっしゃっていた意味がわかりましたよ。」
フクロウ「ほぉ…?」
マウス「僕は本来この世界にいるはずの人間ではなかったのでしょう。元の世界ではウォルトのイマジナリー・フレンドはラッキーだったはずですから」
フクロウ「お前さんは何を言っとるんじゃ?元々、ウォルト・ディズニーにはイマジナリー・フレンドなんておらん」
マウス「えっ…?」
フクロウ「ラッキーの本当のオーナーはじゃな…」
マウスはコングに事情を話し、ラッキーを連れ出そうとしたが、許可は得られなかった。
その晩、マウスはこっそりとラッキーを脱獄させた。
ラッキー「マウス、一体どういうつもりなんだい?」
マウス「シッ…。君に来てほしいところがある」
マウスはラッキーを連れてバーバンクのとある民家へと向かった。
ラッキーは緊張しているようだった。
マウス「この家に君が出会うべきだった人がいるんだ」
ラッキー「でも拒まれたらどうしよう…?」
マウス「僕の尊敬するとあるイマジナリー・フレンドも最初はそう言ってたんだ。でも上手くいったんだよ」
マウスに背中を押されてラッキーは民家へと入っていった。
マウスは明かりの中でラッキーと彼のオーナーが話しているのを眺めていた。
二人の声は聞こえなかったが、どうやら二人は打ち解けているようだった。
部屋から出てきたラッキーは今まで観たことのない笑顔で、目には薄っすらと涙を浮かべていた。
ラッキーは「ありがとう、マウス。ボク、初めて幸せになれた気がするよ。」と言った。
マウスはラッキーを連れてフクロウさんに礼を言いに行った。
フクロウさんは生き生きとしており、今までとはうってかわって饒舌であった。
フクロウ「お前さんがラッキーか。直接会うのは初めてじゃな。フェイズ1から来た人と昔話ができる日が来るとは思わなかったよ。わしゃうれしいぞ。」
マウス「フェイズ1?」
フクロウ「ワシとラッキーが元々いた世界じゃ。ワシはそう呼んでおる。この世界は繰り返された世界、いわばフェイズ2なのじゃ」
ラッキー「ボクは…その、フェイズ1のロイが亡くなる直前、妖精の光に包まれてフェイズ2へやってきたんだけど、フクロウさんもあの場所にいたの?」
フクロウ「いや、ワシは何も覚えとらんのじゃ。気がついたらフェイズ2にいた。フェイズ1の記憶も断片的にあるのじゃが、似たような世界が繰り返されていて夢を見ている感じじゃった。そんな時、マウスが私の前に現れた。とてつもない違和感を覚えたのじゃ。こちらの世界でのワシは本調子ではなかった。でもお前さんたちがフェイズ1の話をしてくれて気分が若返ったよ。どうもありがとう。」
<つづく>
登場人物
◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。
◆ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
マウスの存在をロイに話してしまい、ペナルティとして消滅した。
◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
もう一つの世界の記憶を保持したままこちらの世界にやってきた。
◆コング
IFAのボディガードを務めるゴリラ。オーナーはいない。
◆ラッキー
かつて暗い夜道でマウスを突然襲った黒コートのウサギ。
マウスに対し、並々ならぬ悪意を見せる。
◆フクロウさん
IFAで長年預かられている身元不明のフクロウ。
常に眠っており、ほとんど目を覚ますことはない。
◆ムーアクイーン
コバルトの同僚の妖精。
強大な魔力を持ち、なぜかマウスを消すことに執着している。
◆コバルト・ブルー・フェアリー
マット・ツーにIFAの統括を任せている妖精。
10年に一度だけ地球を訪れる。
◆ラッキーのオーナー
ラッキーの本来のオーナーである老年男性。
かつては天才アニメーターで、現在は特殊効果の技術者も務める。
史実への招待
『ファンタジア』でミッキーに大きな見せ場を与えた『魔法使いの弟子』。
あの魔法使いの帽子は彼の師匠であるイェン・シッドのものなのですが、もはやミッキーのトレードマークとして知られることのほうが多いでしょう。
フロリダにあるウォルト・ディズニー・ハリウッド・スタジオでは2001年から2015年まで超巨大な魔法使いの帽子のモニュメントがゲストをお出迎えしていました。
東京ディズニーシーでも魔法使いの帽子をモチーフにした巨大なバージが設けられていました。
2010年、ニコラス・ケイジが現代の子供たちに向けて『ファンタジア』の精神を受け継ぎたいと、実写版『魔法使いの弟子』が公開されました。
物語は『ファンタジア』版のそれとはまったく異なりますが、あの名曲に乗せてモップたちが軽快に掃除をするシーンが含まれています。
今後もウォルト・ディズニーが残した代表作からどのような派生作品が生まれてくるか、長い歴史を持つカンパニーらしい楽しみが待っています。
※連載コーナー『史実への招待』は今回で最終回となります。長らくのご購読ありがとうございました。