ディズニー データベース 別館

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【連載】幻のねずみ #22『ラテン・アメリカへの旅』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


スタジオがストライキに揺れる中、国務省の映画部で働くジョン・ホイットニー部長から連絡があり、ぜひウォルトとディズニーのスタッフが南米を訪れ、アメリカのアニメーション映画の素晴らしさを広めてほしいという依頼であった。

当時、アメリカはまだ大戦には参戦しておらず、前年にチャップリンの『独裁者』がセンセーションを巻き起こした際も連合国を支持しつつも第三者的な立ち位置であった。

一方、南米ではドイツ系やイタリア系移民が多く、枢軸国側に同調するようだった。

そこでディズニーが親善旅行という形で南米を訪れることで、それを阻止したいというのがアメリカ政府の狙いであった。

ウォルトは行く先々でお偉いさんと握手して回るような親善旅行には興味が持てず一度は断ろうとしたが、映画製作のために南米へ行くのはどうかという提案には喜んで賛同した。

連邦政府はウォルトらの旅費を負担し、また南米をテーマにした映画に対し制作費を貸し出すと提案してくれた。

1941年8月17日。

ウォルトと妻のリリーはロケ隊を伴ってロサンゼルスから南米に向けて出発した。

南米でもディズニーの人気は上々で、ウォルトは行く先々で群衆の熱烈な歓迎を受けた。

旅先で兄のロイから電報を受け取り、父の死を知った。

母に引き続き、父の最期も看取ることはできなかった。



旅先では南米の文化に触れ、それぞれの出会いから受けたインスピレーションをもとに短編映画をいくつか制作した。

ボリビアとペルーにまたがるチチカカ湖アンデスで出会った現地住民やラマなどの暮らし。

アンデスを越えてチリへ飛んだ時に見たアコンカグアなどの立派な山々。

アルゼンチンのブエノスアイレスで聞いた南米版カウボーイことガウチョの風俗。

そしてブラジルの雄大な自然や文化は水彩画として表現するのにピッタリだった。

これらは『ラテン・アメリカの旅』という短編集としてまとめて公開することにした。

私はと言うと、ウォルトほどではないがストライキの現状を目の当たりにするのに疲れ果て、ちゃっかりこの十週間の旅行についてきていたのである。

ブラジルで私はパパガイオというオウムのイマジナリー・フレンドと出会い、話に花を咲かせた。

パパガイオもミッキーが好きで、とりわけドナルドの大ファンなのだという。

私は「ダックも連れてきてやればよかったかなぁ」と思った。

ウォルトたちが帰国する頃には、ロイや弁護士たちのおかげでストライキは概ね収拾していた。



1941年12月。

『ダンボ』はこの月のタイム誌の表紙を飾る予定になっていたが結局お蔵入りとなり、代わりに表紙を飾ったのは東郷平八郎だった。

12月7日、真珠湾が日本の戦闘機の奇襲を受け、いわゆる太平洋戦争が開戦していたのである。

ディズニーのスタジオはその大部分を高射砲部隊の基地として接収されることになり、陸軍がスタジオに駐留することになった。

ディズニーは国民の戦意高揚に一役買うためのプロパガンダの制作を依頼され、『ふしぎの国のアリス』『ピーター・パン』『たのしい川べ』などの長編映画の制作を延期せざるを得なくなった。



1942年のある日。

私はハリウッドにあるIFAの事務局へとやってきていた。

イマジナリー・フレンドはこの世に生まれた瞬間、オーナーとともにコバルト・ブルー・フェアリーという妖精から彼らのルールについて聞くことになっている。

しかし私はイレギュラーで、この世に突然誕生し、ウォルトとともにそうした説明を受けることはなかった。

10年前、私はチャップリンのイマジナリー・フレンドであるマット・ツーに連れられて初めてここに訪れた際、コバルト・ブルー・フェアリーと話をする機会をもうけてもらった。

だが、一時の感情でその場を離れてしまい、結局コバルト・ブルー・フェアリーと話すことはできなかった。

今日は10年に一度、コバルト・ブルー・フェアリーが定例的にロサンゼルス事務局を訪れる願ってもないチャンスなのである。

なぜ最初の説明を受ける機会がなかったのか、なぜネズミなのに人間と同様の色が認識できるのか、フクロウが私に対して「お前の居場所はそこか?」と尋ねてきたのは何なのか、などなど私には自身に関する疑問が多い。

その疑問を妖精にぶつけるため、何ヶ月も前からこのタイミングを事務局のスタッフにこっそり尋ねては笑われていた。

私が緊張した面持ちでロビーに座り込んでいると、窓の外の星が事務局へと急スピードで近づいてきた。

私が眩しさのあまり目を背けると、次に顔を入口へ向けた時には大きな羽を持った人間のような姿の女性が立っていた。

私は他の仲間と同じく、初めて出会うコバルト・ブルー・フェアリーに挨拶した。

彼女はコングや事務局の人とひととおり話して用事を終えると、マット・ツーとともに私を奥の部屋へと連れていくと、念入りに鍵を閉めた。

マット・ツーはバツが悪そうに「マウスさん。私はあなたにお詫びしなければなりません。」と口を切った。

「実は私が初めてあなたに接触したのは、ユナイテッド・アーティスツにディズニーさんをお誘いしようと思ったからではないんです。」




<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。

リリアン・ディズニー
ウォルト・ディズニーの妻。
ミッキーマウスの名付け親でもある。

◆パパガイオ
ブラジルに住むオウムのイマジナリー・フレンド。
ドナルドダックの大ファン。

◆マット・ツー
シルクハットをかぶった紳士風の雑種犬。
マウスにイマジナリー・フレンドについて教える。

◆コバルト・ブルー・フェアリー
マット・ツーにIFAの統括を任せている妖精。
10年に一度だけ地球を訪れる。

◆フクロウさん
IFAで長年預かられている身元不明のフクロウ。
常に眠っており、ほとんど目を覚ますことはない。


史実への招待

ディズニーの南米旅行で生まれた映画『ラテン・アメリカの旅』には緑色のオウム、ホセ・キャリオカが登場します。

ホセとは英語圏でジョー、キャリオカは現地の人を現す言葉であり、アメリカ人から見たブラジル人のステレオタイプが盛り込まれた陽気なキャラクターです。

戦時中、ヨーロッパでの映画上映が禁止されていたディズニーにとって南米は大切な市場であり、そのプロモーションとしてご当地キャラのホセも貢献したといいます。

『三人の騎士』ではドナルド、メキシコ出身のおんどりパンチートとトリオを結成しました。

ホセとパンチートは長年マイナーキャラクターという位置づけでしたが、近年ではドナルド繋がりでミッキー&フレンズやダックファミリーとの共演も増えています。

日本でも一部のコアなファンに愛されていたホセとパンチートは2010年代にテーマパークを中心にブレイクを果たし、1994年からそれぞれ吹替を担当する中尾隆聖さんと古川登志夫さんのお気に入りのキャラクターとしても挙げられています。

2018年には新設定のアニメシリーズ『三人の騎士の伝説』(それも一話完結形式ではなく、全13話の連続もの)が配信されるなど、優遇されてきているキャラクターと言えるでしょう。