※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。
「マウスさん、ちょっとここでお待ちください」
マット・ツーはそう言うと、奥の階段を下っていった。
私が働く動物たちをキョロキョロ見回していると、猫がこちらを見て「そんなに物珍しい?」と訊いてきた。
「いえ、すみません」と咄嗟に答えると、「別に驚かなくったって、食べたりしないわよ」と猫は無気力に笑った。
マット・ツーを待つ間、私は彼に教えてもらったイマジナリー・フレンドについてを思い出していた。
彼が言うには、普通のイマジナリー・フレンドであれば、イマジナリー・フレンドのルールを把握しているはずだという話し方だった。
私は猫に訊ねた。
マウス「ひとつ訊いてもいいですか?」
猫「どうぞ」
マウス「イマジナリー・フレンドのルールって、みなさんはどこで覚えるんですか?」
猫「ルール?」
マウス「オーナーとなる人間とだけ話すことができるとか…」
猫は不思議そうに私の顔を覗き込んで遮った。
猫「それはこの世に生まれた瞬間、妖精さんが教えてくれるでしょ?」
マウス「イマジナリー・フレンドがこの世に生まれた瞬間、イマジナリー・フレンドとそのオーナーとなる人間の前に妖精さんが現れて、ルールを全部説明してくれたはずよ。覚えてないの?」
私は気が付いたら列車の中を走り回っており、そこでたまたまウォルトと初めて出会った。
なので、妖精に会ったという記憶はない。
となると、自分はイマジナリー・フレンドの中でもイレギュラーなケースなのではないかと思えてきた。
確かに、かつて私がイレギュラーなのではと不意に違和感を覚えた出来事が一度あった。
カエルのトニーに初めて会った時、彼は私をウォルトの代理人であるかのように扱ってきた。
つまり、彼は私をウォルトのイマジナリー・フレンドだと思って近づいてきたことになる。
そして彼の素振りから見るに、彼はアブのイマジナリー・フレンドだ。
ウォルトとアブを和解させる鍵は彼しかない。
私はハリウッドに居を構えるトニーのもとへと走った。
マウス「ごめんください!」
トニー「おや、マウスさん。」
マウス「トニーさん!トニーさん!」
トニー「そんなに慌てた様子でどうしたでヤンスか?」
マウス「えぇ、先日は取り乱してしまいまして大変失礼しました。」
トニー「いえ、こちらも大人気なかったでヤンスなぁ。」
マウス「えーと、あなたのオーナーの……アブはそれからどんなご様子で?」
トニー「アブは独立してからアイワークス・スタジオでカエルのフリップというイカしたキャラクターを作り出して上手くやってるでヤンス。ディズニーさんはアブが抜けてからたいそう痛手だったことでしょう。」
マウス「あ、えっと、それは、まぁ…」
その問いに答えるのは私にとってはいささか残酷であった。
苦楽を共にしていた頃のようにアブにはウォルトのもとに戻って欲しかったが、ウォルトはアブが抜けた後もへこたれることなくうまくやっている。
むしろアブに戻ってほしいと思っているのはウォルトではなく自分のほうではないのか。
トニー「そこまで言うなら仕方ないでヤンスね。アブを再びウォルトさんと組むように説得してやらんこともないでヤンス。ただし、ミッキーやシリー・シンフォニーをMGMの配給にするならね!」
マウス「MGM…?」
私は耳をピクッと動かし、頭の中で彼の言葉を復唱した。
マウス「なぜ、MGMなんです?」
トニー「え、なぜって……そりゃあ、カエルのフリップはMGMの持ち物で…」
マウス「でもアブはアイワークス・スタジオの人でしょう。ウォルトと再び組ませる条件がアイワークス・スタジオへの引き抜きならまだ分かる。でも配給会社のメリットがアブの望みというのはピンときません」
トニー「えっと、それは、その…。」
マウス「あなた、一体、誰なんですか。」
トニーはしまったと言わんばかりに大きな唇をぶるぶる震わせていた。
マウス「トニーさん。私の目の前でアブと話すところを見せていただけますか…?」
トニー「それは…御免被るでヤンス…」
ウォルトは我が子である可愛い作品を公開するビジネスパートナーである配給会社を探すことにいつも苦労していた。
ウォルトの作品の良さを見抜いてチャンスをくれたところもあれば、金のなる木のように捉えて利用しようとしたところもあった。
様々な人間がいるのは当たり前のことで、彼らのように話し考えるイマジナリー・フレンドも同様であった。
人間同士が話せないことでも、イマジナリー・フレンド同士が代理人のように話せば何か解決できるかもしれないと一瞬でも期待した私はとぼとぼと元来た道を歩いていた。
<つづく>
登場人物
◆マウス
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。
◆ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。
◆アブ・アイワークス
ウォルトとかつて手を組んでいた天才アニメーター。
現在はウォルトのもとを離れ、独立している。
◆マット・ツー
シルクハットをかぶった紳士風の雑種犬。
マウスにイマジナリー・フレンドについて教える。
◆トニー
赤い蝶ネクタイをしたカエル。
何者かのイマジナリー・フレンド。
◆受付の猫
IFAの受付を務める気だるい雌の猫。オーナーはいない。
史実への招待
スタジオ側の評価を気にしていたルーカスでしたが、完成した映画は20世紀フォックスの重役たちには好評でした。
1977年に公開された『スター・ウォーズ』の第1作(エピソード4)は大ヒットとなり、20世紀フォックスの年収は前年の約2倍となりました。
映画の翌年にはテレビ向けに『スター・ウォーズ・ホリデー・スペシャル』が放送されました。
こちらの評価は芳しくないものでしたが、後に人気キャラクターとなるボバ・フェットのデビュー作となりました。
ルーカスが第1作の契約を結ぶ際に重視したことが「続編2本の権利を有すること」でした。
無事に第1作がヒットしたことで、ルーカスフィルムは第2作の準備に取り掛かりました。
映画の中には、主人公ルークと宿敵ダース・ヴェイダーによる衝撃的な事実が明かされるシーンがあります。
この台詞はルーク役のマーク・ハミル、ヴェイダーの声を演じるジェームズ・アール・ジョーンズなどごく一部の人にしか知らされておらず、ヴェイダーのスーツアクターであったデビッド・プラウズは別の台詞を教わっていたため後に事実を知った際には不満を感じたそうです。
プラウズさんは2020年11月28日に新型コロナウイルスに感染し、ご逝去されました。彼が命を吹き込んだヴェイダー卿はこれからも多くの人たちに親しまれていくでしょう。ご冥福をお祈りします。
<つづく>