※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。
1918年、第一次世界大戦が終わりを迎えようとしていた。
1,600万人もの犠牲者を出した戦争は人類にとっての負の遺産として語り継がれていたが、落ちこぼれの妖精たちからすると恰好の舞台であった。
天界にあるフェアリー・ホロウという土地には多種多様な妖精が暮らしていた。
妖精たちはそれぞれが受け持つ星に派遣され、それぞれの星が正常にあるべき姿を保てるように手を貸すことを任されている。
妖精の受け持つ星は実に様々だが、高度な文明を持つ生き物が住む星、すなわち地球はそこに住む人間に目撃される危険があるため、長らく上陸を禁止されていた。
妖精の学校を出たばかりの落ちこぼれたちは自然を操作する基本的な妖精らしいことが上手くできず、遂に戦争を起こしたばかりの地球を任されることとなった。
先生たちは落ちこぼれたちにミスをさせて諦めさせようという魂胆だったのだろうが、そんなことも知らない呑気な若者たち(ルビー、サファイア、エメラルド、オコナー、マーガレット、コバルト、ムーアクイーン)は意気揚々と地球上陸の計画を立てていた。
先生から地球への上陸は10年に一度のみというルールを課された妖精たちは話し合いの結果、地球にイマジナリー・フレンドという動物を送り込むことにした。
イマジナリー・フレンドはある一人の人間(オーナー)とだけ話すことのできる存在であり、オーナーの活動をサポートすることが存在意義となる。
それではどんな人間にイマジナリー・フレンドを付与すべきかという議論になり、戦争を仕切る軍人や政治家よりは人の心を豊かにする芸術を作る文化人を選ぶべきだという結論に至った。
彼らがイマジナリー・フレンドの第一号を検討していると、迷える動物の魂がフェアリー・ホロウを彷徨っているという報告があった。
妖精のオコナーが杖を一振りすると、その魂は犬の姿になった。
その犬の魂は元々チャップリンという映画スターの作品に出演した犬だったのだが、彼と離れ離れになり孤独死し、成仏しきれずに漂っていた。
妖精たちは彼をファントム・ドッグと呼び、イマジナリー・フレンド第一号にすることに決めた。
コバルトは10年に一度というルールを無視し、ファントム・ドッグとともに地球のチャップリンのもとへと向かうことになった。
「もしチャップリンに受け容れられなかったらどうしよう…」と終始そわそわしているファントム・ドッグに対してコバルトは「きっと大丈夫よ」とポジティブな言葉を贈ったが、根拠はなかった。
その夜、チャップリンが部屋でひとり休んでいると、強烈な光が猛スピードで彼のもとへと降り立ち、その中から人間の姿をした妖精が現れた。
「ごきげんよう。私はコバルト・ブルー・フェアリー。コバルト・ブルーの名において、あなたにお友達を連れてきました。」
チャップリンは状況が飲み込めない様子で、マジックの種を暴こうとする子供のようにきょろきょろと彼女の様子を眺めていた。
「チャールズ・チャップリンさん。あなたは人々に笑いや希望を与えてきました。あなたのさらなる活躍を祈り、このワンちゃんをお預けします。このワンちゃんはあなたと言葉をかわすことができる特別な犬です。きっとあなたの力になってくれることでしょう。ただし、もしあなたがしゃべる犬と友達であることを他の人間に口外した場合、あなたは夜空のお星さまに姿を変えてしまうことでしょう。」
チャップリンはコバルトの説明を聞いてギョッとした。
「ただし、あなたがこのワンちゃんとの出会いを拒むのであれば、今私と話している記憶を消去し、このワンちゃんを夜空のお星さまへとお返しします。」
今度はファントム・ドッグがギョッとした。
チャップリンは「うーん。ありがたい話だけど、遠慮しておくよ。」と答え、「僕のユーモアは僕自身で創り出したいから。」と続けた。
ファントム・ドッグは何とかしてチャップリンの力になりたいと考えており、「ここで星になるわけにはいかない」と言わんばかりに食い下がった。
チャップリンはコバルトの説明を聞いた上でファントム・ドッグに同情したのか、拒否自体を保留にすることとした。
チャップリンは『キッド』という長編の撮影を始めた。
『キッド』は放浪紳士と捨て子の少年キッドの交流を描いた作品で、チャップリンと天才子役ジャッキー・クーガンのコンビネーションが注目を集めた。
『キッド』はミルドレッドの離婚訴訟や、チャップリンが納得行くアイディアを出すまでに時間がかかったことで、苦労の多い作品となった。
ファントム・ドッグは熱心にチャップリンのもとに通ったが、大した力になれず自身を失っていた。
それでもチャップリンは人目につかないところでファントム・ドッグの話し相手にはなってくれるようになった。
チャップリンは長編映画『キッド』の撮影に入る前、16歳のミルドレッド・ハリスと出会い、彼女の妊娠したという嘘にだまされて結婚したが、若い妻を迎えたチャップリンは批判を受けた。
二人の間には子供が生まれたが、わずか3日後に亡くなってしまったという。
子供…?
ファントム・ドッグはふと何かにとらわれたようにチャップリンの周りを調べ始めた。
ある確信に至ると撮影日の晩にチャップリンに尋ねた。
「チャーリー、『キッド』ってのは君自身の物語だね?放浪紳士のキッドへの愛情表現は、生まれたばかりのお子さんを亡くした君だからこそ語れる物語だ。それに、キッドと引き離されてしまう場面も、幼い頃に家族と引き離された貧しい頃の君のようだ。チャーリー、君のユーモアは確かに唯一無二だけど、一人で頑張りすぎないでほしい。おせっかいかもしれないけど、君に必要なことなら力を貸すよ。君が………そう、前に映画の撮影であの犬に優しくしてくれたようにね…」
ファントム・ドッグが一息でここまで話すと、チャップリンは彼の頭を優しく撫でた。
「君はそれを、僕のプライベートを調べるために時間をかけたのかい?」
チャップリンは彼を正式なイマジナリー・フレンドと認めた。
ファントム・ドッグの首輪のネームプレートには「マット・ツー」という新しい名前が刻まれていた。
<つづく>
登場人物
◆コバルト・ブルー・フェアリー
フェアリー・ホロウの妖精の学校の卒業生。
地球をより良くするための実習のメンバー。
◆ファントム・ドッグ
フェアリー・ホロウにたどり着いた犬の魂。
生前は映画への出演経験があった。
◆ルビー
フェアリー・ホロウの妖精。
赤い服がトレードマークで、人々に美しさを与える。
◆サファイア
フェアリー・ホロウの妖精。
青い服がトレードマークで、人々に希望の光を与える。
◆エメラルド
フェアリー・ホロウの妖精。
緑の服がトレードマークで、人々に素敵な歌を与える。
◆オコナー
フェアリー・ホロウの妖精。
動物や植物の生命についてのエキスパート。
◆マーガレット
フェアリー・ホロウの妖精。
赤ちゃんの笑い声に反応する、ものづくりの妖精。
◆ムーアクイーン
フェアリー・ホロウの妖精。
優秀な魔力を持ち、他の妖精たちから一目置かれている
◆ミルドレッド・ハリス
チャップリンの若妻。
◆ジャッキー・クーガン
チャップリンの共演者。
『キッド』で活躍した名子役。
◆チャールズ・チャップリン
アメリカを代表する喜劇役者「チャーリー」。
シルクハットをかぶった放浪紳士のキャラクターがトレードマーク。
史実への招待
ディズニーには様々な主人公がいますが、時として理不尽に「孤独」な者もいます。
王妃から命を狙われた白雪姫は狩人から見逃してはもらえたものの、一人ぼっちで得も言われぬ恐怖から逃げ惑います。
ダンボは母親のジャンボと引き離され、周りのおばさん象たちからは異物のような扱いを受けて非常に寂しい思いをします。
みにくいアヒルの子も家族から見た目が異なるという理由で仲間はずれにされていました。
白雪姫は森の中で泣いているところを動物たちに励まされ、そこから新たな仲間と出会っていきます。
ダンボもおばさん象たちに近づいていっても無視されており、その様子を見かねたねずみのティモシーに声をかけられ、逆転の人生を歩んでいきます。
みにくいアヒルの子も新たな居場所を求めて頑張りはしますが、諦めかけていたところに本来いるべき場所の家族に見つけてもらうことができました。
彼らは自分の力で孤独を切り開こうとして諦めかけていても、その様子を見てくれている気の良い仲間たちが手を差し伸べてくれたことでその状況を打破することができました。
『ルイスと未来泥棒』では、孤独な主人公ルイスが登場しますが、孤独なのは彼だけではありません。
未見の方には、他の誰が孤独なのか、そして彼がどのようにその状況を突破していくのか、ぜひ鑑賞していただきたいと思います。