ディズニー データベース 別館

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【連載】幻のねずみ #19『芸術家たちの挑戦』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


ウォルトは『ピノキオ』でも主人公を支える脇役の重要性は常に意識していた。

彼は原作に登場するチョイ役のコオロギをピノキオの良心役にして、映画全体でピノキオのサポートをさせようとした。

ウォルト「このコオロギのデザインはとても重要な役割なんだ。誰に任せようか決めかねているからコンペにしようかと思ってるんだけど、君はどう思う?」
マウス「ウォードがいいんじゃないかな。ピノキオの良心はしっかり者だけど、映画全体を引き立てる役どころなら愛されるような茶目っ気も表現しないといけないだろう?彼ならうってつけだと思うよ。」
ウォルト「確かに君の言うとおりだ。アニメーターそれぞれの細やかな表現力にも目をつけているなんて、君はさすがディズニー・スタジオの古株だね!」

彼に仲間と認められて少し照れくさかった。

マウス「そんなことより、彼は白雪姫のスープのシーンを削られてひどくショックを受けてたよ。スタジオを辞められる前に早いところ頼んだほうがいいんじゃないかね」

結局、ウォルトはコオロギのデザインをウォード・キンボールに任せることになった。

ウォードはコオロギを擬人化したデザインをいくつか考えたが、リアルな昆虫は可愛いキャラクターというよりもまさに昆虫図鑑そのもののような風貌なのであった。

そこでもっと人間のキャラクターのようなデザインに寄せて描くことにすると、ウォルトもだんだん気に入ってきた。



『白雪姫』を制作していた時、ウォルトには一つ気がかりがあった。

当初のミッキーは茶目っ気たっぷりで、音楽に合わせて素っ頓狂ないたずらをしては観客たちを喜ばせてきた。

ミッキーはディズニーの顔となっており、ハイペリオンのスタジオの看板にもミッキーの顔は描かれていた。

次第にミッキーはおとなしく丸い性格になり、デビュー当初のような役柄をこなせなくなり、優等生のようなアイコンになりつつあった。

短気でドタバタなドナルドや、おとぼけ連発のグーフィー、表情豊かな忠犬プルートの人気が高まると、ミッキーの人気は下火になりつつあった。

そこでウォルトはゲーテの詩に触発されてデュカスが作曲した『魔法使いの弟子』をアニメ映画化し、ミッキーをその主人公にすることを決めた。

1937年に楽曲の使用権を得たウォルトは有名な指揮者を起用したいと考えていたが、彼はハリウッドのチェイスン・レストランで一人食事をしている時に、遠くのテーブルでフィラデルフィア管弦楽団のレオポルド・ストコフスキーがいるところを見かけた。

ウォルト「ストコフスキーさん、お久しぶりです」
ストコフスキー「これはこれは、ディズニーさんではないですか」

ストコフスキーは三年ほど前にディズニーのスタジオを訪れて以来、ウォルトと文通する仲であった。

ウォルトは『魔法使いの弟子』のコンセプトについて話し始めた。

ウォルトとストコフスキーが話している間、私はストコフスキーのイマジナリー・フレンドであるコマドリのロビンと話した。

私とロビンは初対面で、ロビンは私からシリー・シンフォニーの話を興味津々に聞き入っていた。

話がひと通り落ち着いたところで、私はロビンにフクロウさんのことについて訊ねた。

マウス「今、私のところでフクロウさんを預かってるのですが、ロビンさんはフクロウさんのことをご存知ですか?」
ロビン「あぁ、フクロウさんですね。二年ほど前に私のところでしばらくお預かりしましたよ。」
マウス「その時、フクロウさんは何かを思い出されましたか?」
ロビン「いや、ほとんど寝てただけですね」
マウス「何か気になったことは言われませんでしたか?たとえば、あなたの居場所のこととか…?」
ロビン「居場所…?いえ、特に思い当たることはありませんね」

ウォルトとストコフスキーは『魔法使いの弟子』について、その晩さらにミーティングを重ねることとなった。

ミーティングを終えると帰り際に、ウォルトが「今日、ストコフスキーさんと巡り合わせてくれたのは、また君のお手柄かい?」と私に訊ねた。

「まさか」と私は答えた。

本作のミッキーはフレッド・ムーアのアレンジにより、従来と比べて人間的な魅力のあるキャラクターに進化していた。

魔法使いの弟子』はシリー・シンフォニーの4本分ものコストがかけられており、ロイはこの作品の収益を不安に感じ始めた。

これを好機と捉えたウォルトはいわゆるミッキーマウス・シリーズの一本としてこの作品を終わらせるつもりはなく、新たな構想を考えていた。



ロイ「演奏会のような映画だって?」
ウォルト「そうだよ、兄さん。『魔法使いの弟子』だけでなくて、色々な曲をやるんだ。何度も公開できるよう、しばらくしたら一部の曲を新しい曲と入れ替えていく。そのたびに新しいパンフレットも作る。まさに演奏会さ。」

ウォルトは常に新しいアイディアを持っており、ロイが驚かされると同時に私も驚いた。

ウォルトはストコフスキーとこの『ファンタジア』で使うための選曲を始め、私もそれから何度かロビンと会った。

『ファンタジア』は収録作品の多くが抽象的なアニメーションで構成されており、ディズニーのスタジオにはバレエの振付師や天文学者、恐竜の専門家が出入りするようになった。

これはウォルトと現代の芸術家たちの挑戦であり、彼らの完璧主義が徹底されるに従い、制作費はかさむ一方であった。

1938年11月27日、ウォルトとロイに父のイライアスから辛い知らせが入った。

ウォルトたちのプレゼントした新居にガスボイラーの不具合があり、母のフローラが漏れたガスの中毒で倒れ、帰らぬ人となってしまったのである。

ウォルトはそれから、私にすらそのことについて話そうとはしなかった。

彼にはまだまだ山のような量の仕事が待っていたのである。



<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。

◆ウォード・キンボール
ディズニー・スタジオのアニメーター。
ジミニー・クリケットの担当を任される。

◆フレッド・ムーア
ディズニー・スタジオのアニメーター。
『ファンタジア』のミッキーを担当する。

◆レオポルド・ストコフスキー
フィラデルフィア管弦楽団の指揮者。
ウォルトの文通仲間でもある。

◆ロビン
歌が得意なコマドリ
レオポルド・ストコフスキーのイマジナリー・フレンド。

◆フローラ・ディズニー
ウォルトとロイの母。
二人の事業を優しく応援している。

◆イライアス・ディズニー
ウォルトとロイの父。
息子の事業を厳しい目で評価する。

史実への招待

『ファンタジア』の中で最も有名なセグメントといえば、やはり『魔法使いの弟子』でしょう。

『ファンタジア』はクラシック音楽弐アニメーターたちがの映像を重ねた傑作であると同時に、可視化したアニメーションによって想像の余白を奪ってしまうといった賛否の声も挙がる側面を持っていました。

収録曲の中で唯一、ポール・デュカスの『魔法使いの弟子』は原作のストーリーに則った物語が描かれています。

物語を書いたのはドイツの詩人、ゲーテ

彼はデュカスの楽曲に失敗をしてしまうおっちょこちょいの魔法使いの弟子の物語を書きました。

本作では魔法使いの弟子をミッキーが茶目っ気たっぷりに演じてみせました。

彼のトレードマークとも言える青いソーサラー・ハットですが、映画を見ると分かるように実は師匠イェン・シッドから無断で借りた物。

余談ですが、『キングダム ハーツII』でイェン・シッドが被っている帽子は独立したオブジェクトとなっているため、帽子を取り外すとハゲます。