※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。
話を終えると、ウォルトは部屋へと戻り、私も何も言うことはできなかった。
私はカエルのトニーのもとを訪れた。
トニー「おや、マウスさんでヤンスか。こんなジメジメしたところまでご足労いただいてどうしたんでヤンスか?」
マウス「トニー。すまないけど、アブをディズニーに戻すように君から説得してくれないかな?」
その提案を聞くと、ニコニコしていたトニーの大きな瞳が急に細目になり、ギロリとこちらを見た。
トニー「それは…どういうことでヤンスか?」
マウス「アブはウォルトの大事な友人なんだ。彼らはお互いの長所を高め合える仲間なんだ。二人がこれからも組めば、もっとアニメーションの可能性が拓ける。だからこんなことは…」
トニー「こんなこと、だなんて随分な言い方でヤンスねぇ…」
トニーは私の言葉を遮って続けた。
「別にワタシがウォルトとアブを引き離そうとしたわけじゃないんでヤンスよ。ただ、ミンツがアブを誘ったら、彼は喜んでついてきたわけでヤンス。もし、彼らの友情とやらがホンモノだったら断ったはず。アブにはウォルトと決別するだけの動機があったと考えるのが自然じゃないでヤンスか?」
考えてみれば、私にはトニーの言葉を否定するだけの根拠はなかった。
ウォルトがラフォグラム社でがむしゃらにアリスを作っていた時、アブたちアニメーターにはしかるべき待遇が与えられていただろうか?
トニー「マウスさん。ウォルトとアブが親しかったのは本当かもしれません。ワタシにはそんな昔のことは知り得ないでヤンス。アブが変わったとか、パワーズが卑怯だとか、周りの人に責任を押し付けるのは簡単でヤンスが、ウォルトは何ひとつ変わってないと言い切れるんでヤンスか?」
マウス「それは…」
トニー「アブはこれから自分のスタジオを作って新しいアニメーションを作るでヤンス。ワタシにそっくりな赤い蝶ネクタイのカエルのキャラクターが市場を席巻しても、ワタシに逆恨みなどしないでほしいヤンスね。」
私は呆然として暗い夜道を歩き、ウォルトの家へと戻った。
それからしばらくの間、ウォルトはいそいそと仕事をこなしており、私は彼に会うタイミングがなかなかなかった。
ある日、久々にウォルトと話すタイミングがあった。
ウォルト「やぁ、マウス。久しぶりだね。」
マウス「おかえり、ウォルト。えっと、あの…アブのことは…」
ウォルト「あぁ!そのことならもう気にしてないよ。」
ウォルトはニコッとしてみせると、オズワルドの21作品の権利を手放す代わりに、10万ドルの手切れ金を納めてパワーズときっかり縁を切ることにしたと話した。
パワーズはディズニーと手を組まないようにと他の配給会社に根回ししていたが、コロンビア・ピクチャーズは脅しに屈することなく手を差し伸べてくれたのだという。
ウォルトは元気そうに振る舞っていたが、それでも私はアブがあのカエルに良いように操られていることに納得がいかなかった。
1930年夏、ロイとエドナの間にロイ・エドワードという息子が生まれて生後6ヶ月ほどになった。
私はロイ・エドワードにしっぽを引っ張られたのがトラウマで、スタジオを中心に寝泊まりするようになった。
ある晩、散歩を終えてスタジオに戻ろうとした私は背後に気配を感じた。
すると植木の中から黒いコートを着た小さな生き物がサッと飛びかかってきた。
黒コート「なんでお前じゃないとダメなんだよ…!」
猟犬「ワンッ!」
私はそこを通りかかった猟犬に間一髪救われ、黒コートの生き物はそそくさと逃げていった。
猟犬「大丈夫かい?」
マウス「ありがとう。助かったよ…!」
その猟犬は5分ほど前から、私が黒コートの生き物に追われているのに気づき、その様子を見張ってくれていたのだという。
「ありがとう、助かったよ…!私はマウスといいます。」
「よろしく、マウス。オイラはパップさ。ところで一体、ヤツは何者なんだい?君を攻撃するだなんて、心当たりはないのかい?」
私にライバル意識を燃やしている奴というと、カエルの顔が思い浮かんだ。
一方その頃、例のカエルのトニーはアブの新作を楽しみにしていた。
後で本人から聞いた話だが、トニーは自分の名前を新しいアニメの主人公に使ってはどうかと売り込んだところ、アブは「気に入らないな。」と答え、「彼の名前はフリップにする」と答えたのだという。
その年の夏カエルのフリップの第一作『Fiddlesticks』が、なんとカラーで公開された。
驚いた私はパップとともにウォルトのもとを訪れた。
マウス「ウォルト、アブのアニメを見たかい?向こうはカラーだよ。ディズニーではカラーのアニメーションは作らないのかい?」
ウォルト「そうらしいね。カエルのフリップの二色の光を使って着色している方法らしいんだ。つまり、緑のボディと赤の蝶ネクタイは見事に表現できても、空の青い色を表現するには課題が残っているってことだ。僕たちがカラーをやる時には美しい青をパッとスクリーンに映し出してみせるんだ。」
ウォルトの見ているヴィジョンは常に私の先を行っていた。
そんな天才的な彼が、ちょっとしたアイディアを私の身の回りから見つけてくれることは、私にとってのささやかな喜びであった。
ウォルトはパップに着想を得て、ミッキーが主演する脱獄アニメに忠実な猟犬のキャラクターを出させることにした。
ちなみにカエルのフリップがカラー作品の大盤振る舞いだったのは最初の一度きりで、その後はすべてモノクロ作品となった。
<つづく>
登場人物
◆マウス
物語の語り手。ウォルトとだけ話すことができるネズミ。
◆ウォルト・ディズニー
アニメーション映画を制作する青年。
世界的に有名なミッキーマウスの生みの親となる人物。
◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。
◆アブ・アイワークス
ウォルトが勤務先で出会った天才アニメーター。
ウォルトと組んでアニメ事業を開始する。
◆トニー
マウスの前に現れた赤い蝶ネクタイのカエル。
マウスに意味深な言葉を残し、宣戦布告する。
◆パット・パワーズ
ニューヨークに顔の利く配給業者。
ウォルトからミッキーとアブを引き抜こうと企む。
◆エドナ・ディズニー
ロイ・ディズニーの妻。
◆ロイ・エドワード・ディズニー
ロイとエドナに生まれたばかりの男の子。
◆黒コートの動物
暗い夜道でマウスを突然襲った謎の小動物。
黒コートを着ており、顔はフードで隠されている。
◆パップ
マウスを黒コートの動物の襲撃から守った猟犬。
史実への招待
1930年1月10日、ウォルトの兄ロイとエドナの間にロイ・E・ディズニーが誕生しました。
彼はポモナ・カレッジを卒業後、1951年にウォルト・ディズニー・カンパニーに入社し、『自然と冒険記録映画』のアシスタント・ディレクターとして活躍しました。
その後は取締役に就任し、1980年代にはアニメ映画のヒットに恵まれなかった会社の体制を立て直すため、経営陣としての入れ替えに奔走しています。
『ファンタジア2000』では製作総指揮を務め、2001年の東京ディズニーシーのグランドオープニングにも立ち会いました。
『ファンタジア』のBlu-rayのプロモーションや、ウォルトの生誕100周年記念作品『ハウス・オブ・マウス ミッキーとディズニーのなかまたち』にカメオ出演するなど、あちこちに顔を出しています。
彼はディズニー一族最後の経営者として知られていますが、これからのディズニーをどんな人たちが引っ張っていくのかが見ものとなっています。