ディズニー データベース 別館

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『モアナと伝説の海』ポリネシア文化が与えた影響

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モアナと伝説の海

2016年に公開された『モアナと伝説の海』は、ポリネシアの文化を5年間にもわたってリサーチして練り上げられた作品です。

実在の文化を現地でリサーチする方法は古くは1940年代から行われていました。ウォルト・ディズニーアメリカ政府の依頼で16名のアニメーターによる南米視察を行い、旅先のスケッチをもとに短編映画を作り、『ラテン・アメリカの旅』や『三人の騎士』として公開しました。1948年にはミロット夫妻とアラスカで撮影した『あざらしの島』のようなドキュメンタリー映画も制作しています。

これらのように視察旅行やドキュメンタリーが主目的で旅行することはありましたが、長編アニメーション映画一本を作ることを目的として視察を行った例は、1990年代のディズニー・ルネッサンスと呼ばれる時期に本格化します(『ライオン・キング』『ノートルダムの鐘』『ムーラン』『ターザン』など)。その後のディズニーやピクサーの作品で特定の国や地域をモデルにする場合には現地リサーチがしばしば行われることとなりました。

今回はポリネシア文化の現地調査が『モアナ』にどのような影響を与えたかを映画の登場順に沿って中盤までご紹介したいと思います。主に文化の影響に言及していますので、その他の情報をお求めの際は本館のほうにも遊びにいらしてくださいね。

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今ちょうど映画を観てるよのいう方は進みすぎてうっかりネタバレを踏まないようにご注意ください。それでは今回も1億3000万人の誰か一人にでも響くことを祈って!

  • 目次

モアナの映画が生まれるまで

ディズニーの監督コンビのジョン・マスカーとロン・クレメンツ。二人は『オリビアちゃんの大冒険』(1986年)で監督デビューした後、『リトル・マーメイド』(1989年)でディズニーの黄金期を復活させ、『アラジン』(1992年)、『ヘラクレス』(1997年)、『トレジャー・プラネット』(2002年)を監督しました。一度ディズニーを退社した後、『プリンセスと魔法のキス』(2009年)で復帰します。そして2011年、第7作のテーマに選んだのはポリネシア神話の半身半人マウイの伝説でした。二人はジョン・ラセターの助言で実際に太平洋諸島の文化の現地調査へ向かうことにしました。

調査はフィジーサモアタヒチに始まり、文化の魅力を感じた二人は主人公を島民の女の子モアナに変更し、従来のプリンセス・ストーリーとは違った冒険と成長の物語にすることとしました。海の美しさを表現するために、彼らは初めてフルCGアニメーションとして制作することとなりました。

ポリネシア

ポリネシア諸島は南太平洋のうち、ミッドウェー諸島、ハワイ、イースター島の三角形の中に囲まれた島々の総称で、ポリ(多い)+ネソス(島)というギリシャ語に由来します。島は分かれていますが、海を行き来することで文化圏が形成されてきました。ポリネシアの圏外の地域は域外ポリネシアと呼ばれます。

世界のディズニーランドのアドベンチャーランドにはポリネシアをイメージしている部分もあり、ポリネシア風にアレンジした料理を出す東京ディズニーランドの『ポリネシアンテラス・レストラン』でその名前に聞き覚えのある方もいらっしゃるかもしれません。

ストーリーはもちろん、映画でポリネシアの文化を正しく表現するため、ディズニーは有識者を集めた『オセアニック・ストーリー・トラスト(OST)』を組織しました。本作のように特定の文化をテーマにした映画作品では、「文化を食い物にしている」といった批判が付き物で、本作も例外ではありませんでした。こうした評価は日頃から文化について研究している層が多く、実際にポリネシアに住んでいる現地の人々からは身近な生活習慣が反映されていると歓迎を持って迎え入れられました。特に現地の振付師が監修したモアナの踊りのシーンは好評だったようです。ハワイアン航空の機内エンターテイメントでは『ハワイ』コンテンツとして本作が含まれています。

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ハワイアン航空

モトゥヌイの島の暮らし

この映画の舞台は今から約2,000年前のモトゥヌイです。スタッフはポリネシアの人々に親近感を持ってもらうため、敢えて特定の島を思い起こさせるような表現は避け、架空の島の文化を練りました。そのため実在の島に似た名前だとややこしくなるということで、神話アドバイザーの提案で大きな島を意味するモトゥヌイと名付けられました。

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モトゥヌイ

モトゥヌイの島民たちが島の暮らしを歌う『いるべき場所』では、彼らの生活が説明されます。漁師が取った魚や収穫したココナッツを近所の島民に分け与えるという描写はリサーチや有識者の助言によって採り入れられた要素です。樹皮でタパと呼ばれる布を作り、衣服を作る場面もあります。この作品の舞台は2000年前であり、当時の写真はもちろんありません。島民の衣装のデザインは当時制作が可能だったかどうかを基準にして行われました。服飾文化には太平洋の島々の影響があり、若い女性の衣装はバヌアツの女性のものをモデルとしています。また、曲の終盤のモアナの赤い被り物はサモアの少女が儀式で身につける飾りだそうです。

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島民の服も一貫性がありつつ個性豊かです

島の人々は常に自然の恩恵を受けて生活しており、日頃から自然への敬意を持って生活しています。島の歌では航海を禁じる保守的な島民の性格を表しながらも、モアナが守りたい自然=スタッフが尊敬する太平洋の人々の文化への思いも丁寧に採り入れられています。

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マラエに着想を得たモトゥヌイの積み石

島の中央には積み石があり、歴代の村長が島に定住して仲間たちをまとめてきたこと、そして未来のモアナの使命とが象徴されています。ポリネシア社会では、積み石によって作られた土地をマラエと呼び、聖地として扱っています。モアナも海を諦めて父の跡を継ぐ際にはこのてっぺんに石を積むことになるはずなのですが、実際にはどうなるのか。是非モアナの決断の瞬間を見て、込められた意味に思いを馳せてみてください。

ポリネシア出身のキャスト

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ドウェイン・ジョンソンとアウリィ・クラヴァーリョ

本作でポリネシア文化を再現することに注力したスタッフですが、本物にこだわった結果、声優陣もポリネシア出身の俳優で固めることとなりました。本作でモアナ役に抜擢されたのは演技経験ゼロで高校のグリークラブで歌っていたというアウリィ・クラヴァーリョ。彼女は先祖代々ハワイの出身です。また、ザ・ロックというリングネームでプロレスラーとして一世を風靡し、『ハムナプトラ2 黄金のピラミッド』から俳優としての活動に幅を広げたドウェイン・ジョンソンサモア系と黒人のハーフという出自を持っています。

キャスティングにはタラおばあちゃん役のレイチェル・ハウスが参加し、彼女は後にマオリ語吹替版で監督も務めています。マオリ語版にはハウスも含めて英語版のキャストが4名続投しています。

また、モトゥヌイの島の人々の声は現地のニュージーランドで収録したり、コーラスには現地のコーラス・グループを採用するなどのこだわりも徹底させています。村人の一人にはアメリカンフットボールのトロイ・ポラマル選手がゲスト出演するといった遊び心もあります。実はアウリィの母親プアナニ・クラヴァーリョも島民の女性役でちょこっと出演しており、印象的な台詞を放っています。

プアとヘイヘイ

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プアとヘイヘイ

モアナにも歴代のディズニー主人公のように、動物の相棒がいます。ブタのプアとニワトリのヘイヘイです。当初は2頭でモアナを支える役どころだったようですが、モアナ自身の成長物語にするため、プアはお留守番となってしまいました。ヘイヘイもストーリー上不要ということでクビになりかけたのですが、モアナがテ・カァに挑む最後のクライマックスシーンでとある大活躍をするために無事映画に出演できることとなりました。

ブタとニワトリはポリネシアのある地域では幸運のお守りとされており、船が沈まないための縁起物として扱われているようです。

ちなみにヘイヘイの声は俳優のアラン・テュディック。『シュガー・ラッシュ』(2012年)から『ズートピア』(2016年)まで4作品連続でディズニー映画に出演しており、本作にも幸運のお守りとして出演させるため、非ポリネシア系として異例の出演を果たすこととなりました。彼は「ヘイヘイを食べたらどうか」と提案する島の老人の声も兼ねています。

How Far I'll Go

音楽についても触れておきましょう。本作の音楽は3人のアーティストによる合作です。一人はディズニー経験者のマーク・マンシーナ(『ライオン・キング』『ターザン』『ブラザー・ベア』など)。そしてポリネシア音楽の監修をしたサモアの大スター、オペタイア・フォアイ。もう一人は当時無名だったリン=マニュエル・ミランダです。

2014年3月、三人は視察のために様々なアーティストの音楽やダンス、食べ物を経験することのできるオークランドのパシフィカ・フェスティバルを見物に行きました。リンはある女性ダンサーのステージに飛び入りで参加することになり、彼女を真似て即興のダンスを披露しました。彼のショーは観客から喝采を浴び、飛び入りにも関わらずダンスコンテストで優勝してしまうのでした。後に『ハミルトン』で大ブレイクしたリンの多才ぶりがうかがえるエピソードです。

その後、三人は打ち解けてオペタイアとリンがストーリーや登場人物の感情、主旋律を語り、マークが曲付けをしていき、次々と曲が生まれました。主題歌となる『How Far I’ll Go』はヒロインの夢を語る曲としてリンが中心となって制作しました。

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潮吹き穴

モアナが駆け抜ける海辺で間欠泉のように水が吹き上がる潮吹き穴はサバイイ島で監督が実際に見たものがモデルとなっています。この潮吹き穴は後日談の『マウイの魚釣りチャレンジ』にも登場します。

もっと遠くへ

航海に一度失敗し、タラおばあちゃんの導きによって洞窟へ向かったモアナ。そこで彼女はかつて祖先たちが航海をしていた証拠を見つけ出します。

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かつて祖先も海を越えていた

モトゥヌイではかつて航海が行われていたものの、テ・フィティの心が盗まれたことで海の生命のバランスが崩れ、航海を禁じたという歴史があります。なぜ航海禁止という設定になったかというと、史実を参考にしているためです。実際の太平洋諸島にも紀元前1000年頃から約千年間、突然航海をしなくなった時期がありました。この原因は今も解明されておらず、監督たちはこの原因に目を付け、マウイに理由があるかもしれないと物語を創作しました。

モアナが見つけた船には二重らせんの記章があります。これはニュージーランドなどの島々では大事なシンボルとされています。本作の初期脚本はニュージーランド出身のタイカ・ワイティティ(『マイティ・ソー バトルロイヤル』『ジョジョ・ラビット』)が手掛けており、彼の選んだこのシンボルは最終稿でも残されています。

フラッシュバックで流れる祖先の航海のシーンは、歌を通して壮大な海の旅を表現するために作られました。映画のコア・イメージともなっており、挿入歌の中で一番最初に完成したのもこの曲です。視覚効果スタッフには航海の知識が豊富なメンバーもおり、船の動かし方にもリアリティが追求されています。

ホンギ

航海の是非を巡って父トゥイと言い争うモアナ。二人は島民に呼びかけられて家に戻ります。病床ではタラおばあちゃんがモアナと最期の会話を交わします。

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タラとモアナのホンギ

タラとモアナが互いの鼻やおでこをすり合わせているのは、ホンギという伝統的な挨拶です。ホンギは命の息吹を吹き込むという意味があり、互いに仲間であることを示しています。ニュージーランドマオリの文化で、映画の冒頭の島のシーンでも確認することができます。

映画の終盤、モアナが家族以外とホンギを交わすシーンがあります。その相手は誰なのか、またどのような意図のホンギなのか、見逃さないようにご注意ください。

ネックレス

モアナが身に着けているネックレスに使われている貝はアワビの貝殻です。アワビは一見ゴツゴツした岩のような見た目をしていますが、表面の層を削っていくと美しいブルーが現れます。モアナの赤いトップスにワンポイントとなる寒色としてデザインされています。テ・フィティの心を秘めてモアナの旅が始まります。

モアナという名前には『海』という意味があり、ハワイでは男女問わず付けられる名前となっています。青いネックレスには彼女の名前の影響もあるようです。

釣り針の星座

マウイの釣り針の星座は実在し、北半球ではさそり座の尾とされている部分です。映画では目立つように星が多めに追加されています。

映画内では星のほかにも稲妻や深い霧など、実際のリサーチでスタッフが目にした光景が表現されています。

マウイ

海に出たモアナは漂着した島でマウイと出会います。マウイはモトゥヌイの島の男性同様、タトゥーが刻まれています。タトゥーは一人前の男の証とされており、それを踏まえてマウイのタトゥーは伝説に応じて増えていくという設定になっています。マウイの身体には彼の良心がミニ・マウイという擬人化したタトゥーで表現されています。

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ミニ・マウイ

マウイのキャラクターは彼の声を演じた俳優ザ・ロックことドウェイン・ジョンソンの影響を大きく受けています。マウイも彼と同じくスキンヘッドの予定でしたが、有識者の提言でリアリティを追求したウェービーヘアが採用されました。このふわふわな毛のアニメーションを準主人公であるマウイの登場シーン全てで付けなくてはならなくなり、かなりの難関となりました。後半では作業簡略化のため、マウイが髪の毛をまとめてお団子ヘアにするのですが、嬉しいことにこれもまたリアリティがあって良いと評価されたようです。

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右眉を上げる仕草はドウェインそっくり

マウイのテーマソング『俺のおかげさ』は、リン=マニュエル・ミランダのアイディアでやはりドウェイン・ジョンソンを意識した楽曲です。曲の中盤にはリンお得意のラップがあり、エンド・クレジットで流れるセルフカバーのバージョンでは更に高度なラップとなっています。彼は後に『メリー・ポピンズ リターンズ』の『本は表紙じゃわからない』で更なる芸を披露することとなります。

このラップで歌われる歌詞もポリネシアに伝わるマウイの伝説が採用されています。マウイはポリネシアの神話に登場する英雄で、釣り針を持ち、姿を変える者とされています。彼の伝説は島によって差異がありますが、半神半人という前提は共通しているようです。

カカモラ

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実は冷酷な海賊カカモラ

カカモラはココナッツの鎧をかぶった見た目は可愛いのに冷酷というギャップを持った小型キャラクターです。

当初は、ハワイの伝説の小人・メネフネも候補に挙がっていたようですが、あまりにピンポイントでハワイすぎるということで、ソロモン諸島に伝わるカカモラという伝説の生き物に変更したようです。伝説上のカカモラは人間を襲って金品を強奪し、カカモラの王に献上するという野蛮な生き物だったようです。ただ、背丈が小さく長い髪が生えていたため、島の子供たちのいたずらの標的になってしまい、人間を襲うのをやめたと言われているようです。

ラロタイ

釣り針を取り戻すため、ラロタイの崖に登るマウイ。この玄武岩の崖はニュージーランドに実在する険しい島がモデルとなっています。ポリネシア諸島は土地柄、玄武岩が多いようです。

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玄武岩

頂上に登ったマウイがラロタイの入口を開くシーンに踊るハカ。ハカはマオリの伝統的な踊りとして有名でしたが、ラグビーW杯のニュージーランド代表のパフォーマンスでさらに知名度を広げました。マウイのハカは実際にニュージーランドの若者から教わったオリジナルのハカをモデルにしています。

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マウイのハカ

ラロタイに住むタマトア。タマトアとは太平洋の言葉で戦士という意味です。映画の初期構想では神話に出てくる首のない戦士だったそうですが、カニのモンスターとなりました。

パーテー・ドラム・ダンス

夜が明け、モアナとマウイが仲を深めながら航海に出る場面で、太古のリズムと女性のボーカルから始まる軽快な音楽が流れます。これはオペタイアがリーダーを務めるテ・ヴァカの既存の楽曲です。

この後の夜の場面でマウイが話す「海は島を離すのではなく、島をつないだ」という話しは実際にスタッフが島で聞いて印象に残った話で、本作の大事なテーマともなっています。

光るエイ

マウイと別れ、一人海に取り残されたモアナは「自分は選ばれるべきではない」と海にテ・フィティの心を返します。そんな彼女の前に一匹のエイが現れます。

そのエイの正体は亡くなったタラおばあちゃんの霊でした。島々では祖先が動物となって再び現れると信じられており、海の動物が多いようです。タラは生前優雅で美しい動きをするエイのタトゥーを入れていたため、エイとしてモアナの前に現れたのです。夜の海で青く光るエイの姿は魔法のように美しく、スタッフはネットで生物発光について研究したそうです。

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モアナを後押しする祖先の霊も生物発光をイメージした青色です

おわりに

タラおばあちゃんと再会し、自分の進むべき道を自問自答するモアナ。彼女の選んだ道とは…?そして、テ・フィティの心の行方は…?

ストーリーを形成するキャラクターや舞台、そして小道具まで様々なものにポリネシアの文化は息づいています。隠れキャラなどの楽しみ方はもちろん、ディテールに込められた意味や、スタッフから伝統への敬意に目を配るのもおすすめです。きっと、『モアナ』の世界への知見が広まるはずですよ!

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