ディズニー データベース 別館

「ディズニー データベース」(https://w.atwiki.jp/wrtb/)の別館です。日本の誰か一人にでも響けばOKな記事を書いていきます。

【連載】幻のねずみ #14『一番やさしいのは誰?』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


1933年、ディズニーはシリー・シンフォニー・シリーズにおいて『三匹の子ぶた』をアニメ化し、『狼なんか怖くない』というキャッチーな楽曲を世に生み出した。

私は街中の公園や映画館のそばで『狼なんか怖くない』を口ずさむ子供たちを見かけた。

そのポップで楽しい曲調が受け容れられたのはもちろん、世界的な恐慌を狼になぞらえて笑い飛ばす歌のような捉え方をした大人たちにも支持されているように思われた。

ウォルトはこれまでアニメーションを縁の下で支えていた音楽にビジネスの可能性があることを見出し、このスタジオ初のヒット曲は音楽会社との楽譜印刷契約を結ばれるに至った。

ユナイテッド・アーティスツは子ぶたのヒットを歓迎し、続編を望んだ。

ウォルトは続編をいくつか作ったが大したヒットには繋がらなかった。

ウォルトは「ブタ以上のものをブタでやれって言ったってそりゃ無理な話だよ。もっと新しいことをしなくちゃ。」と語った。

彼の鋭い眼は既に新しいことを捉えていたのであった。



1933年12月18日には、ウォルトとリリーの間に長女ダイアンが誕生した。

ロス・フェリスの丘に建てられた住宅には、日曜日にウォルトの仕事仲間が家族連れでよく訪れた。



私がダックと出会ったのは『かしこいメンドリ』の音声収録の時だった。

かしこいメンドリ』とはシリー・シンフォニーの一編で、メンドリがトウモロコシの種蒔きや収穫の手伝いを依頼するも、ブタのピーターとアヒルのドナルドが仮病を使って拒否。

二人の仮病を見抜いたメンドリはヒヨコたちと仕事を済ませてトウモロコシを独り占めし、ピーターとドナルドが後悔するという物語だった。

この作品でデビューしたドナルドダックの声はアヒルそのもので、コンビを組んでいたピーター・ピッグはおろか、主役のメンドリをも圧倒するほど不思議な魅力のあるキャラクターとなっていた。



ウォルトがドナルドの声を演じたクラレンス・ナッシュと出会ったのは、映画を作り始めるさらに一年ほど前のことだった。

ウォルトが作業をしながらラジオに耳を傾けていると、アヒル声帯模写が聞こえてきたのだという。

その声の主であるナッシュはアドール乳業の従業員であり、小学校を回って乳業についての話をする仕事をしていた。

話の最後にはメスのアヒルの声で『メリーさんの羊』を歌うのが通例だったという。

ウォルトはナッシュとコンタクトを取り、早速彼の達者な芸をどう活かすか考えた。



紆余曲折あり、『かしこいメンドリ』の音声収録当日を迎えた。

私は収録に立ち会い、ウォルトの話していたアヒルそっくりの声を持つ男の登場を心待ちにしていた。

待っていると「ちょっと。ちょっと。」という囁き声が聞こえた。

辺りを見回しても誰もいない。

「ちょいと小さくなってもらえませんか」とその声はさらに続けた。

私はしっぽを掴み、指をパチパチッと鳴らした。

100分の1サイズになった私は、目の前にアヒルがいることにようやく気がついた。

ダック「初めまして。今日はクラレンスがこちらでお世話になります。私は彼のフレンドのダックです。」
マウス「はじめまして。私はマウスです。」

そのアヒルはとても礼儀正しく律儀な性格であった。

ダック「このたびはディズニーさんがクラレンスのためにアヒルのキャラクターを生み出してくださり、至極光栄です。」

ダックはぺこりと頭を下げると、こちらを見上げて「あなたが、あのミッキーマウスのモデルとなったマウスさんですよね」と羨望の眼差しを見せた。

私はミッキーのモデルと言われると悪い気はしなかったが、そのたびに「私はたまたま近くにいただけですし、ミッキーはウォルトたちの功績ですよ」と説明することを忘れなかった。

この日、私が初めて耳にしたドナルドの声はそれはそれは見事なものだった。

録音風景を見たダックは嬉しそうに翼でバタバタ拍手を繰り返し、「すばらしい。すばらしい。」と称賛を送った。

私が褒められているわけでもないのに、ディズニーのアニメをここまで喜ぶ観客を目の当たりにすると私も嬉しく思えた。

ダックは帰り際に「またドナルドが活躍すると嬉しいですねぇ」と言って帰っていった。

私はウォルトに「ドナルドの声の彼、凄かったね」と声を掛けた。

私が「また彼は他の動物を演じるのかい?」とウォルトに尋ねると、ウォルトは「それはまだわからないな」と首をかしげた。

ウォルト「ドナルドにはミッキーとも共演してもらわないといけないからね。」

私がダックと再会できるのもまたすぐのようだ。



<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ダック
マウスの友人である礼儀正しいアヒル
クラレンス・ナッシュのイマジナリー・フレンド。

クラレンス・ナッシュ
動物の声帯模写を得意とする男性。
ドナルドダックの声を演じる。

リリアン・ディズニー
ウォルト・ディズニーの妻。
ミッキーマウスの名付け親でもある。

◆ダイアン・ディズニー
ウォルトとリリアンの長女。


史実への招待

かしこいメンドリ』で脇役としてデビューしたドナルドダック。

彼の人気はいつしかミッキーを上回り、「最も多くの映画に出演したディズニーキャラクターは?」「ドナルドダック」「え~、ミッキーじゃないの?」という定番のクイズを生み出すまでになりました。

ディズニーの顔となり、デビュー当時のいたずら好きな性格が抑えられるようになったミッキーに対し、ドナルドには感情表現がストレートという特徴があります。

短気で怒りっぽいけどいざという時は優しさも見せる人間味溢れるキャラクターとなっています。

ドナルドはプルートよりも比較的早い段階で主演シリーズを与えられ、ガールフレンドのデイジーダックや、先日フィナーレを迎えた『ダックテイルズ』で活躍したいたずら好きな甥のヒューイ、デューイ、ルーイなどの人気者も輩出しました。

テーマパークの設定ではミッキーと仲間たちはトゥーンタウンに暮らしていますが、ドナルドたちダック一族はダックバーグに暮らしているという描写もあります。

2021年3月27日に生誕120周年を迎えたカール・バークスによってダックバーグやドナルドの数多い親戚が生み出され、ダックワールドを非常に奥行きのあるものにしています。

ちなみに、今回のタイトルである『一番やさしいのは誰?』はドナルドに関するある歌詞に基づいています。

どんな曲だか分かりますか?

【連載】幻のねずみ #13『素晴らしきカラーの世界』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


ディズニーはアニメ映画を制作するにあたり、新たな技術の開拓はもちろんのこと、アニメーターたちの教育にも努力を惜しまなかった。

ウォルト「やぁ、マウス。今日はこの部屋にお客様が来るから、食べカスは片付けておいてくれよ。」
マウス「おはよう、ウォルト。誰が来るんだい?」
ウォルト「去年からうちのスタッフをシュイナード芸術学校の夜間クラスで学ばせているだろう?今週からは講師のドンにこちらに来て美術教室を開いてもらうことにしたんだよ」

美術のプロの授業はアニメーターたちへの刺激となり、講師のドン・グラハムもアニメーターたちからお互いに学び合う関係となった。

アニメーションの動きの技術に関する授業は存在しなかったため、自分たちで考案し後進のサポートに務めるスタッフもいた。

ディズニーからよそのアニメ・スタジオへ移籍したり独立したりする者も一定数いたため、結果としてディズニーの教育はアニメ業界全体の技術向上に貢献したと言えるかもしれない。



さて、カエルのフリップがデビューした時、ウォルトが私に話したカラーの構想はわずか二年もしないうちに実現することとなった。

1932年のこと。

ウォルトたちはシリー・シンフォニー向けに『花と木』というアニメーション映画を制作していた。

シューベルトの『魔王』に乗せて意地悪な老いぼれの木が若いカップルを引き裂こうと、火を放つ。

森の仲間たちは協力して火事を鎮火させ、若い木の男性は女性にプロポーズ、『結婚行進曲』に合わせてめでたくハッピーエンドという物語だ。

ウォルトがフリップのデビュー作の時に話していた三原色のカラーで、この作品を出せたらきっと見事な出来になるに違いない。

しかし、この作品は既にモノクロで制作が進められていた。

その時、隣の部屋からロイの素っ頓狂な声が響いてきた。

ロイ「カラーだって?」
ウォルト「そうだよ、兄さん。『花と木』をカラーでやるんだ。赤い炎に緑の木々、そして青い空。これ以上、鮮やかなカラーが映えない作品はないだろう?」

ウォルトの言葉は提案というより、決定事項を通達する長官のようでもあった。

フリップのデビュー作をはじめ、これまで作られたカラー作品は赤と緑のフィルムをチカチカさせて擬似的にカラーを作り出す手法が使われていた。

この手法には三原色の赤と緑は出せても、青はきれいに出すことができないという弱点を内在していた。

ディズニー・スタジオが学んでいた技術はテクニカラーといって、赤、緑、青を鮮やかに表現するもので、超天然色と呼ばれていた。

ディズニーはテクニカラーの技術を三年間独占してアニメーションに使う契約を結び、そのこけら落としをモノクロで作りかけていた『花と木』でやろうと言い出したのであった。

カラーはモノクロの三倍の予算を要し、ロイは資金の調達に奔走することとなった。

最初、私はロイの後ろ姿を見るたびに、どうしてそこまで弟の突飛な挑戦を支えようとするのか不思議に思うことはあった。

しかし、今ではその思考もすっかり薄れ、ロイに少しの同情を感じ得ながらも彼を応援したいと思うようになっていた。



友人である犬のパップは『カエルのフリップ』の一作目を見て「灰色に見えるよ」と語っていた。

犬が認識できるのは青と黄色のみで、フリップで使われていた赤と緑はグレーに見えるというのだ。

『花と木』の完成品をこっそり試写したパップは満足そうに、「木や花の色はよくわからなかったけど、あの青空は素晴らしいよ」と評した。

他にもイマジナリー・フレンド仲間のネズミと『花と木』を鑑賞する機会があった。

彼も色の素晴らしさを絶賛した後、「あの老いぼれの木が森に火を放つシーンは圧巻だったねぇ。火って赤いんだろう?赤って血の色だから人間に警戒心や興奮を与えるって聞いたことがあるよ。この赤い炎のシーンを人間の目で見られたらまたひと味違うんだろうなぁ」と述べた。

「いやいや、何言ってるんだい?あの森の火事は見事な赤色だろう?」

「わかった、君の想像力は認めるよ。でも俺は普通のネズミの目だから、青と緑しか分からないんだよ。赤は見えないんだ。」

キツネにつままれるとはまさにこのことだ。

ネズミには赤は認識できないらしい。

そしてそれはイマジナリー・フレンドのネズミも例外ではないということだ。

私の目には比喩でもなんでもなく、確かに赤い火が映っている。

私が特別なのか、それとも異常なのか。



『花と木』のカラー映像は人間の観衆たちにも驚きを持って迎え入れられ、翌年には新設されたアカデミー短編アニメ映画賞を受賞した。




<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。

◆パップ
マウスの友人である犬のイマジナリー・フレンド。
オーナーは不明。グーフィーのモデルとなった。

◆ドン・グラハム
シュイナード美芸術学校の講師。


史実への招待

「A113」という文字列に聞き覚えはありませんか?

これは、ピクサーをはじめとする映画作品に小ネタとして登場する文字列であり、ブラッド・バード監督が使い始めたのをきっかけに、仲間たちも真似して使うようになりました。

この「A113」とは、カリフォルニア芸術学校(通称:カルアーツ)のアニメーターのクラスの教室番号に由来しており、このクラスからはジョン・ラセターティム・バートンといった著名人や、1990年代以降の
ディズニーを支える名アニメーターたちを輩出しました。

ウォルトはアニメーション業界の技術力向上を目指すために、シュイナード芸術学校の教えを受ける他にも、自分たちで様々なカリキュラムを用意してアニメーターを育てる環境を整備しました。

後にディズニーを退社したアニメーターもいますが、それによって業界の成長には貢献したと言えます。

そんなウォルトと兄のロイが1961年に先導して設立されたのが、カルアーツです。

2021年で創設60周年を迎えるカルアーツではアニメーションに留まらず、将来の様々な芸術を生み出す才能を育てています。

【連載】幻のねずみ #12『わんちゃん物語』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


野生のネズミの寿命は二年と聞く。

しかし、私がウォルトと出会ってから既に二年経っていたが、身体は衰えを知らず、日に日に活発になっていくようであった。

イマジナリー・フレンドは人間のように長生きすることがわかったので、私が寿命のことを気にしたのはこれが最後でもあった。



私が初めてIFAの事務局を訪れてから一週間経った後、パップが遊びに来ていた。

パップは先日、私が二年前に何者かに襲われた際に助けてくれた命の恩人の犬である。

彼は一見普通の犬っぽく見えるのだが、例のイマジナリー・フレンドの話を聞いて以来、どこか人間っぽい動きをするように見えてきたので、彼に思い切って聞いてみることにしたのである。

マウス「ねぇ、パップ。君は誰かのイマジナリー・フレンドなのかい?」
パップ「あぁ、そうだよ。オイラはイマジナリー・フレンドさ」
マウス「君のパートナーは何をしている人なんだい?」
パップ「何をしてるんだろうねぇ」
マウス「じゃあ、その人の名前は?」
パップ「なんていったっけなぁ…」

パップはとぼけた口調で答えた。

パップは素直で正直すぎるところがあるので、彼がパートナーの正体を隠そうとしているのではないことは容易にわかった。

「まぁ、そのうち思い出すよ」

パップはそう言って振り返ると、水の入った皿をうっかり蹴飛ばしてしまった。

「ありゃ、またやっちまった」

パップはパートナー以外の人間であるウォルトの前で言葉を話すことはなかったが、ウォルトは愉快なパップの様子を見て大層気に入った様子だった。

ウォルト「君のお友達のワンちゃんは実に面白いね」
マウス「パップかい?」
ウォルト「この前、彼をモデルにしてプルートを作ったけどね。他に良いキャラクターを思いついたんだよ。『ミッキー一座』で観客席でピーナッツ袋を持って馬鹿笑いしてた犬がいるだろう?」
マウス「周りのお客さんに迷惑がられてたアイツかい?」
ウォルト「彼をもっとフィーチャーしていこうと思うんだ」

その犬のキャラクターはディピー・ダウグと呼ばれていたが、やがてグーフィーという名前となった。

グーフィーのキャラクターは後に洗練されていき、若手アニメーターであるアート・バビットの輝かしい功績となった。



パップ「ところで先週くらいからウォルトさんが作ってくれたボクの犬小屋に杖みたいなのが置いてあるんだけど…」
マウス「杖?」

そういえば、先週マット・ツーが訪ねてきた時にパップの犬小屋に招いた。

ところで彼は何のために私に会いに来たのだろうか。

思えばこちらの疑問をぶつけるばかりで向こうの話は何も聞かなかった気がする。

私はIFAの事務局へ向かうため、教わったばかりの光の回廊を開こうとしたが上手くいかなかった。

「パップ、光の回廊を開けるかい?」
「それは何だい?」

私はマット・ツーの杖を持って自力で事務局へと向かった。



事務局に到着すると、受付の猫がマット・ツーからの手紙を預かってくれていた。

マット・ツーからの手紙には、彼のパートナーが出資したユナイテッド・アーティスツという配給会社がディズニーと手を組みたがっているからよろしくとのことだった。

私は猫にマット・ツーが忘れていった杖を預けて帰宅した。

そしてコロンビアとの契約に不満を感じていたウォルトにユナイテッド・アーティスツの話をすると、ウォルトは思わず読んでいた新聞から顔を上げた。

ユナイテッド・アーティスツ?」



しばらくしてウォルトにユナイテッド・アーティスツの社長から本当に連絡が来た。

契約によって『クマとハチ』からユナイテッド・アーティスツが配給を担当することになった。

ウォルトはユナイテッド・アーティスツの共同出資者であるチャップリンと会うこともできた。

憧れのチャップリンと対面したウォルトは少年のような眼をしていた。

マット・ツーは遠くから私に向けて親指を立てて微笑んでいた。



二人の歴史的な出会いの後、私はマット・ツーに会いに行った。

マット・ツーは「私とマウスさんが手を組んだおかげで、チャーリーとディズニーさんが円滑にビジネスを進めることができたのです。イマジナリー・フレンドの強みはこういうところにあるのです。これからもアメリカのエンターテイメントの向上のため協力していきましょう!」と祝杯を上げた。

私もにっこりと応じたが、帰り道、こんな疑問を抱いた。

「別に私とマット・ツーがいなくても、普通にウォルトとチャーリーは手を組んでいたのではないだろうか。」

私はイマジナリー・フレンドをなんとなく理解しつつも、なんとなくよくわからないという状態が続いていた。 




<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆パップ
マウスの友人である犬のイマジナリー・フレンド。
オーナーは不明。グーフィーのモデルとなった。

◆アート・バビット
ディズニー・スタジオのアニメーター。
グーフィーの生みの親。

◆マット・ツー
シルクハットをかぶった紳士風の雑種犬。
マウスにイマジナリー・フレンドについて教える。

チャールズ・チャップリン
ウォルトのあこがれの喜劇王
ユナイテッド・アーティスツ創設メンバー。


史実への招待

1930年、『ミッキーの陽気な囚人』という留置場を描いたアニメーションで、ブラッドハウンドが登場しました。

彼は後にプルートとして知られる存在となるのですが、当時彼にはまだ名前がなく、その後最初についた名前はローヴァーでした。

そして驚くべきことに、最初に彼の飼い主として登場したのはミッキーではなくミニーなのでした。

その後、1930年に冥王星が初めて観測されたことににちなみ、プルートと名付けられました。

プルートは後に短編アニメシリーズで主演を務めることになり、は弟のキッド・ブラザー(K.B.)や、妻のフィフィ、そして子供たちも登場しています。

短編後期ではダイナというダックスフントにガールフレンドは変更されましたが、初期の短編をオマージュした『ミッキーマウス!』やグッズ展開ではフィフィが姿を現すことも多く、五分といった印象も受けます。

ミッキーにピートがいるように、プルートにもブッチという天敵のブルドッグが登場します。

表情豊かなプルートは台詞がほとんど無くとも、ディズニーのメインキャストとして親しまれています。

【連載】幻のねずみ #11『空想動物記VI コバルトの帰還』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


私がIFAの事務局に戻ると、マット・ツーが呆れた顔で待っていた。

マット・ツー「マウスさん。まったく、どこへ行ってたんですか?」
マウス「すみません。どうしても確認したいことがありまして。」
マット・ツー「あなたに会わせたい人がいたんですが、彼女はもう帰られてしまいました。」
マウス「申し訳ない…。また別の機会にお願いできますか?」
マット・ツー「次は十年後でしょうね」
マウス「えっ」



彼が会わせたかったのはコバルト・ブルー・フェアリーという妖精だという。

彼女はイマジナリー・フレンドを統括する妖精で、IFAの創始者であり、十年に一度地球に降りてきてIFAの活動をチェックして帰っていくのだという。

本来、イマジナリー・フレンドはこの世に生まれた瞬間、ルールの説明のために現れる彼女の幻と対面するのだというが、私は会ったことがなかった。

「マウスさん、あなたが特殊な生まれ方をしたイマジナリー・フレンドであることは私でも分かります。もしかしたら、本物のイマジナリー・フレンドではないかもしれない。なのであなたがショックを受けないように夢はないか確認した上で、フェアリーのもとへと連れてきたのです。」
「そうでしたか……」
「しかし、間に合わなかったものは仕方ありません。また十年後、機会をうかがいましょう」
「はい…」

私の誕生の真相については結局わからなかったが、マット・ツーは本来妖精から受けるはずだった説明をしてくれた。

イマジナリー・フレンドは動物によってその身体のサイズが異なるため、最初に身体を小さくして姿を隠す術を教わるのだという。

「いいですか、片手で尻尾を掴んでください。そして、もう一方の手で指パッチンをすると、手が六色に光って体積が半分になります。もう一回やるとさらに最初の100分の1サイズになります。さらにもう一回やると元のサイズに戻ります。」

教わったとおりに指を鳴らすと、私でもすぐに身体を小さくする方法を実践することができた。

「マウスさんは元々ネズミですから知らなくても困らないとは思いますが、キリンとか象とかだったら死活問題になりますな」とマット・ツーは笑った。

マット・ツー「どちらかと言うとマウスさんに覚えていただきたいのは、瞬間移動の術なんです。私たちは光の回廊というものを通って、世界中のあちこちに瞬間移動することができるんです。」
マウス「え、そんな便利なことが?」
マット・ツー「はい。とはいっても、ワープ先に指定できるズームポイントはいくつか決まってるので、どこでも行けるわけではないんですよ。IFAにはズームポイントの開拓を専門にしているチームもいますね。むしろ、今まで光の回廊を使わずによくやってこられましたね」

光の回廊の使い方はなかなかコツが掴めず、その場ですぐに使いこなすことはできなかった。

「練習していればじきに慣れますよ」

マット・ツーは楽観的に話した。

「他に把握しておくべきルールはありますか?」と私は訊ねた。

「えぇ、あります」

マット・ツーは真剣な顔つきになった。

「とても大事なことです」

彼が言うには、妖精の最初の説明ではオーナーとなる人間がある約束をしなければならないとのことだった。

その約束とは、妖精やイマジナリー・フレンドの存在を他の人間に口外しないこと。

マウス「口外するとどうなるんですか?」
マット・ツー「その人間はお星様になってしまうでしょう」
マウス「それは過酷ですね…」
マット・ツー「あちらの世界では10年に一度、一番綺麗なお星様を競うエヴァンジェリーン・コンテストなるものが開かれて大変盛り上がるようですよ」
マウス「そうですか」

そこまで聞くと、私は妙な胸騒ぎがした。

ウォルトはその説明を受けていないから、そのようなルールは知らないはずだ。

もしウォルトが私の存在を他の人間に口外すれば、彼も私も星になって消えてしまう。

「あの、そろそろおいとましてもよろしいでしょうか?」

私は教わったばかりの光の回廊を開き、ウォルトの自宅の一番近くのポイントにワープし、彼のもとへと急いだ。

夜遅かったのでウォルトはぐっすり眠っていた。

私はウォルトの枕元のシーツにくるまってよろけつつ、オバケのような見た目をしながら彼を起こそうとしたが、先ほど「急いては事を仕損じる」という言葉を痛いほど実感したのでやめておいた。

翌朝、私は疲れから寝過ごしてしまい、起きた頃にはウォルトは既に仕事場へと向かっていた。

私は光の回廊が上手く開けなかったので、自力でスタジオまで辿り着いた。

「やぁ、ウォルト」
「こんにちは、マウス。そんなに汗だくでどうしたんだい?」
「君は私のことをほかのだれかにはなそうとしたことはないかい?」
「うーん、ないな」
「どうしてだい?」

ウォルトはふふっと笑いながら答えた。

「ネズミと話せるなんて言っても誰も信じないだろう」

私の肩の荷が降りた。

「それに君と話せる能力というのは神様がくれたプレゼントかもしれないからね」

彼なら問題なく信用できそうだ、と私は胸を撫で下ろした。



<つづく>


登場人物

◆マウス
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆マット・ツー
シルクハットをかぶった紳士風の雑種犬。
マウスにイマジナリー・フレンドについて教える。

◆コバルト・ブルー・フェアリー
マット・ツーにIFAの統括を任せている妖精。
10年に一度だけ地球を訪れる。


史実への招待

第2作『帝国の逆襲』もヒットし、ルーカスフィルムは第3作『ジェダイの帰還』に取り掛かります。

映画はすっかり大ヒットシリーズとなっていたこともあり、メディアの目を避けるために『Blue Harvest』という仮タイトルで製作が進められました。

スタッフの指摘から、インパクトを重視して映画のタイトルは『ジェダイの復讐』に変更されることになりました。

ジェダイの復讐』というタイトルで広告やグッズなどのプロモーションの準備が進められましたが、映画公開数週間前になり、ルーカスは『ジェダイの帰還』のほうがタイトルとしてふさわしいと判断し、変更を決意します。

しかし、グッズや映画ポスターなどのいくつかはすでに『ジェダイの復讐』というタイトルで製作が進められていたため、ねじれが生じました。

日本では『ジェダイの復讐』というタイトルでそのまま公開され、20年後のDVD化の際にようやく『ジェダイの帰還』へと改められました。

1977年から1983年にかけてエピソード4から6までが公開された『スター・ウォーズ』でしたが、他の作品の映像化については現在の技術がまだ追いついていないと判断し、ここから10年以上にもわたる充電期間へと突入していきます。

【連載】幻のねずみ #10『空想動物記V ねずみの逆襲』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


「マウスさん、ちょっとここでお待ちください」

マット・ツーはそう言うと、奥の階段を下っていった。

私が働く動物たちをキョロキョロ見回していると、猫がこちらを見て「そんなに物珍しい?」と訊いてきた。

「いえ、すみません」と咄嗟に答えると、「別に驚かなくったって、食べたりしないわよ」と猫は無気力に笑った。



マット・ツーを待つ間、私は彼に教えてもらったイマジナリー・フレンドについてを思い出していた。

彼が言うには、普通のイマジナリー・フレンドであれば、イマジナリー・フレンドのルールを把握しているはずだという話し方だった。

私は猫に訊ねた。

マウス「ひとつ訊いてもいいですか?」
猫「どうぞ」
マウス「イマジナリー・フレンドのルールって、みなさんはどこで覚えるんですか?」
猫「ルール?」
マウス「オーナーとなる人間とだけ話すことができるとか…」

猫は不思議そうに私の顔を覗き込んで遮った。

猫「それはこの世に生まれた瞬間、妖精さんが教えてくれるでしょ?」
マウス「イマジナリー・フレンドがこの世に生まれた瞬間、イマジナリー・フレンドとそのオーナーとなる人間の前に妖精さんが現れて、ルールを全部説明してくれたはずよ。覚えてないの?」

私は気が付いたら列車の中を走り回っており、そこでたまたまウォルトと初めて出会った。

なので、妖精に会ったという記憶はない。

となると、自分はイマジナリー・フレンドの中でもイレギュラーなケースなのではないかと思えてきた。

確かに、かつて私がイレギュラーなのではと不意に違和感を覚えた出来事が一度あった。

カエルのトニーに初めて会った時、彼は私をウォルトの代理人であるかのように扱ってきた。

つまり、彼は私をウォルトのイマジナリー・フレンドだと思って近づいてきたことになる。

そして彼の素振りから見るに、彼はアブのイマジナリー・フレンドだ。

ウォルトとアブを和解させる鍵は彼しかない。

私はハリウッドに居を構えるトニーのもとへと走った。



マウス「ごめんください!」
トニー「おや、マウスさん。」
マウス「トニーさん!トニーさん!」
トニー「そんなに慌てた様子でどうしたでヤンスか?」
マウス「えぇ、先日は取り乱してしまいまして大変失礼しました。」
トニー「いえ、こちらも大人気なかったでヤンスなぁ。」
マウス「えーと、あなたのオーナーの……アブはそれからどんなご様子で?」
トニー「アブは独立してからアイワークス・スタジオでカエルのフリップというイカしたキャラクターを作り出して上手くやってるでヤンス。ディズニーさんはアブが抜けてからたいそう痛手だったことでしょう。」
マウス「あ、えっと、それは、まぁ…」

その問いに答えるのは私にとってはいささか残酷であった。

苦楽を共にしていた頃のようにアブにはウォルトのもとに戻って欲しかったが、ウォルトはアブが抜けた後もへこたれることなくうまくやっている。

むしろアブに戻ってほしいと思っているのはウォルトではなく自分のほうではないのか。

トニー「そこまで言うなら仕方ないでヤンスね。アブを再びウォルトさんと組むように説得してやらんこともないでヤンス。ただし、ミッキーやシリー・シンフォニーをMGMの配給にするならね!」
マウス「MGM…?」

私は耳をピクッと動かし、頭の中で彼の言葉を復唱した。

マウス「なぜ、MGMなんです?」
トニー「え、なぜって……そりゃあ、カエルのフリップはMGMの持ち物で…」
マウス「でもアブはアイワークス・スタジオの人でしょう。ウォルトと再び組ませる条件がアイワークス・スタジオへの引き抜きならまだ分かる。でも配給会社のメリットがアブの望みというのはピンときません」
トニー「えっと、それは、その…。」
マウス「あなた、一体、誰なんですか。」

トニーはしまったと言わんばかりに大きな唇をぶるぶる震わせていた。

マウス「トニーさん。私の目の前でアブと話すところを見せていただけますか…?」
トニー「それは…御免被るでヤンス…」

ウォルトは我が子である可愛い作品を公開するビジネスパートナーである配給会社を探すことにいつも苦労していた。

ウォルトの作品の良さを見抜いてチャンスをくれたところもあれば、金のなる木のように捉えて利用しようとしたところもあった。

様々な人間がいるのは当たり前のことで、彼らのように話し考えるイマジナリー・フレンドも同様であった。

人間同士が話せないことでも、イマジナリー・フレンド同士が代理人のように話せば何か解決できるかもしれないと一瞬でも期待した私はとぼとぼと元来た道を歩いていた。



<つづく>


登場人物

◆マウス
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆アブ・アイワーク
ウォルトとかつて手を組んでいた天才アニメーター。
現在はウォルトのもとを離れ、独立している。

◆マット・ツー
シルクハットをかぶった紳士風の雑種犬。
マウスにイマジナリー・フレンドについて教える。

◆トニー
赤い蝶ネクタイをしたカエル。
何者かのイマジナリー・フレンド。

◆受付の猫
IFAの受付を務める気だるい雌の猫。オーナーはいない。


史実への招待

スタジオ側の評価を気にしていたルーカスでしたが、完成した映画は20世紀フォックスの重役たちには好評でした。

1977年に公開された『スター・ウォーズ』の第1作(エピソード4)は大ヒットとなり、20世紀フォックスの年収は前年の約2倍となりました。

映画の翌年にはテレビ向けに『スター・ウォーズ・ホリデー・スペシャル』が放送されました。

こちらの評価は芳しくないものでしたが、後に人気キャラクターとなるボバ・フェットのデビュー作となりました。

ルーカスが第1作の契約を結ぶ際に重視したことが「続編2本の権利を有すること」でした。

無事に第1作がヒットしたことで、ルーカスフィルムは第2作の準備に取り掛かりました。

映画の中には、主人公ルークと宿敵ダース・ヴェイダーによる衝撃的な事実が明かされるシーンがあります。

この台詞はルーク役のマーク・ハミル、ヴェイダーの声を演じるジェームズ・アール・ジョーンズなどごく一部の人にしか知らされておらず、ヴェイダーのスーツアクターであったデビッド・プラウズは別の台詞を教わっていたため後に事実を知った際には不満を感じたそうです。

プラウズさんは2020年11月28日に新型コロナウイルスに感染し、ご逝去されました。彼が命を吹き込んだヴェイダー卿はこれからも多くの人たちに親しまれていくでしょう。ご冥福をお祈りします。

<つづく>

【連載】幻のねずみ #09『空想動物記IV 新たなる仲間』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


1932年。

パワーズからの離脱に協力してくれたコロンビアだが、ウォルトとロイは彼らとの契約に次第に不満を持ち始めた。

そんなある日、私のもとにパップより小さな小型の雑種犬がやってきた。

「夜分遅くにすみません。あなたがウォルト・ディズニーさんの使いのマウスさん?」
マウス「使い、ですって?」
「えぇ、イマジナリー・フレンドのことです。」

私が頭に?マークを浮かべると、その犬は「新入りのようですな」と笑っていた。

私は彼をウォルトがパップのために作ってくれた広々とした犬小屋へと通した。

マット・ツー「はじめまして、マウスさん。私の名前はマット・ツーと申します。」
マウス「はじめまして、マウスです。マット……ツーさんなんですね?」

先にも話した通り、私にとっての最古の記憶はウォルトと出会ったサンタフェ鉄道の列車の中であった。

それより前の記憶もなければ、自分がなぜウォルトと話すことができるのかもわからない。

目の前にいる彼はそうした事情に詳しそうな…いわば先輩のような立場である。

立派な犬小屋に入ると、マット・ツーは腰掛けながら「さて、何から話せばいいもんですかな」と言った。

私はイマジナリー・フレンドとは何か、なぜネズミなのに人と話せるのか、そもそも私はネズミなのか、といったことを質問攻めにした。



マット・ツーによると、世の中には人間のように話し、人間のようなスピードで歳を取り、人間のように振る舞う特別な力を持った動物たちがごく少数存在するという。

彼らはある人間の強い想いを叶えるためにこの世に誕生し、その人間とのみ会話ができることから、その人間(オーナー)にとってのイマジナリー・フレンドという呼び方もするという。

そういえば、たまたまウォルトも私のことをイマジナリー・フレンドと呼んでいたっけ。

イマジナリー・フレンドはその人間とコミュニケーションを取り、夢に向かって努力する姿を人知れずサポートする役割を担っている。

マット・ツーの場合は、チャールズという人間の強い想いによってこの世をさまよっていたところ妖精に姿を与えられ、彼のイマジナリー・フレンドとして彼をサポートしてきたという。

マウス「そうなんですね。じゃあ私はウォルトのイマジナリー・フレンドってことでしょうか。確かに彼のアニメーションに対する情熱を微力ながらサポートしていると思いますから。」
マット・ツー「えぇ。その可能性は高いと思いますけど…」

マット・ツーの言葉はどこか歯切れが悪く聞こえた。

マウス「どうかしましたか?」
マット・ツー「いや、これはどこまで話していいものか…」

マット・ツーの言葉は私の正体を把握するには不十分なもののようだ。

マット・ツー「マウスさん。あなたには夢はありますか?」
マウス「夢、ですか?考えたことはありませんね。漠然とウォルトの夢を応援したいとは思いますが、それは私の夢と言えるかは疑問ですし…」
マット・ツー「元来、我々イマジナリー・フレンドはパートナーの夢を応援するのが役目です。例えばですよ?あなたがもしディズニーさんを助けるその役割にふさわしくないと言われたら耐えられますか?」

マット・ツーの言葉はどこまでも意味深だった。

ただ、ここでノーと答えれば彼の言葉の続きを聞くことはできない。

それは明白だった。

マウス「大丈夫です。夢というほど大層なものはありません」
マット・ツー「よろしい。」

マット・ツーは大きく頷いて立ち上がると、「マウスさん、あなたをご案内したい場所があります」と言った。



私はマット・ツーの後に付いていき、こっそりとバスに乗り込んだ。

こっそりとは言っても、バスに犬が乗ってくるのだから周囲の乗客には当然気づかれているわけだが、幸いそこまで気にしてくる人はいなかった。

ハリウッドに到着すると、夜にも関わらず街はにぎやかだった。

マット・ツーは私を連れて広々とした通りから細い路地裏へと入っていった。

路地裏の閑散とした廃墟には小さな動物たちが4匹おり、人間のようにペンを握って何か書き物をしている猫もいれば、腕立て伏せをしている小さなゴリラなど個性豊かな面々だ。

マウス「ここは?」
マット・ツー「ここはIFA。イマジナリー・フレンド協会の事務局です。彼らはパートナーを失ったイマジナリー・フレンドです。ここはイマジナリー・フレンドたちが情報共有をするコミュニティでしてね、何か困ったことがあればここで相談するんです。あちらの猫さんは電報の係で、他のイマジナリー・フレンドからの手紙を受け取って返事を書く係です。」
マウス「ということは、手紙を届けるハトのイマジナリー・フレンドもいそうですね」
マット・ツー「惜しい。それはカラスの仕事です。」

どうやらイマジナリー・フレンドはパートナーが死を迎えてもその寿命の限り、生き続けるということか。

マウス「マットさん、私たちはどのくらい生きるんでしょうか?」
マット・ツー「IFAのデータによると、長くてザッと50年ぐらいでしょうか。ネズミだから寿命が短いとか、象だから長いとかそういうことはありませんよ。ご心配なさらず。」
「私たちイマジナリー・フレンドはパートナーが死を迎えた時、その第一の役割を終えます。パートナーの死を哀しみ、その場で星になって役目を終える方もいますし、残りの寿命の限り他のイマジナリー・フレンドたちの力になりたいと願って、IFAに加入する方もいますね」

なるほど、彼らはパートナーを失った動物たちなのか。

マット・ツーの話を踏まえてあたりを見回してみると、彼らの作業する手や身体は熟練した域だが、どこか遠い昔を見ているようだった。




<つづく>


登場人物

◆マウス
ウォルトとだけ話すことができるネズミのイマジナリー・フレンド。

ウォルト・ディズニー
マウスのオーナーで、彼と話せる。
ミッキーマウスの生みの親で、アニメーションに革命を起こす。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。

◆パップ
マウスを黒コートの動物の襲撃から守った猟犬。

◆マット・ツー
シルクハットをかぶった紳士風の雑種犬。
マウスにイマジナリー・フレンドについて教える。

◆受付の猫
IFAの受付を務める気だるい雌の猫。オーナーはいない。

◆コング
IFAのボディガードを務めるゴリラ。オーナーはいない。


史実への招待

2012年、ディズニーはルーカスフィルムの買収を完了させ、映画史に残る大ヒットシリーズ『スター・ウォーズ』の権利を獲得しました。

スター・ウォーズ』は、『アメリカン・グラフィティ』で成功を収めたジョージ・ルーカスが1970年代に考案した映画シリーズです。

全9部作のSF映画として企画されていましたが、1作目がコケたらシリーズ化自体ができなくなるということで、冒険活劇として最も物語の分かりやすいエピソード4を最初に作ることにした、と説明されています。

自分の映画をスタジオ側に勝手に編集されることを嫌っていたルーカスでしたが、最終的に20世紀フォックスと契約を結びました。

20世紀フォックスの視覚効果部門が閉鎖されていたことから、ルーカスはILMという視覚効果の会社を設立しました。

宿敵ダース・ヴェイダーのキャラクターは比較的早く決まりましたが、主人公のルーク、ハン・ソロ、レイアが固まるまでは時間がかかりました。

三人の役者は新人俳優を配する予定でしたが、ハン・ソロのみは『アメリカン・グラフィティ』からオーディションの相手役として呼ばれたハリソン・フォードが起用されました。

当時のSFのヒット作といえば『猿の惑星』『2001年宇宙の旅』くらいのもので、基本的なSF映画は子供向けや低予算映画として見なされることが多かったようです。

そのためか、スタッフの中にもあまり真剣に取り組まない者もおり、ルーカスは次第に過労とストレスで体調を崩すこともありました。

<つづく>

【連載】幻のねずみ #08『ねずみと猟犬』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


話を終えると、ウォルトは部屋へと戻り、私も何も言うことはできなかった。

私はカエルのトニーのもとを訪れた。

トニー「おや、マウスさんでヤンスか。こんなジメジメしたところまでご足労いただいてどうしたんでヤンスか?」
マウス「トニー。すまないけど、アブをディズニーに戻すように君から説得してくれないかな?」

その提案を聞くと、ニコニコしていたトニーの大きな瞳が急に細目になり、ギロリとこちらを見た。

トニー「それは…どういうことでヤンスか?」
マウス「アブはウォルトの大事な友人なんだ。彼らはお互いの長所を高め合える仲間なんだ。二人がこれからも組めば、もっとアニメーションの可能性が拓ける。だからこんなことは…」
トニー「こんなこと、だなんて随分な言い方でヤンスねぇ…」

トニーは私の言葉を遮って続けた。

「別にワタシがウォルトとアブを引き離そうとしたわけじゃないんでヤンスよ。ただ、ミンツがアブを誘ったら、彼は喜んでついてきたわけでヤンス。もし、彼らの友情とやらがホンモノだったら断ったはず。アブにはウォルトと決別するだけの動機があったと考えるのが自然じゃないでヤンスか?」

考えてみれば、私にはトニーの言葉を否定するだけの根拠はなかった。

ウォルトがラフォグラム社でがむしゃらにアリスを作っていた時、アブたちアニメーターにはしかるべき待遇が与えられていただろうか?

トニー「マウスさん。ウォルトとアブが親しかったのは本当かもしれません。ワタシにはそんな昔のことは知り得ないでヤンス。アブが変わったとか、パワーズが卑怯だとか、周りの人に責任を押し付けるのは簡単でヤンスが、ウォルトは何ひとつ変わってないと言い切れるんでヤンスか?」
マウス「それは…」
トニー「アブはこれから自分のスタジオを作って新しいアニメーションを作るでヤンス。ワタシにそっくりな赤い蝶ネクタイのカエルのキャラクターが市場を席巻しても、ワタシに逆恨みなどしないでほしいヤンスね。」



私は呆然として暗い夜道を歩き、ウォルトの家へと戻った。

それからしばらくの間、ウォルトはいそいそと仕事をこなしており、私は彼に会うタイミングがなかなかなかった。

ある日、久々にウォルトと話すタイミングがあった。

ウォルト「やぁ、マウス。久しぶりだね。」
マウス「おかえり、ウォルト。えっと、あの…アブのことは…」
ウォルト「あぁ!そのことならもう気にしてないよ。」

ウォルトはニコッとしてみせると、オズワルドの21作品の権利を手放す代わりに、10万ドルの手切れ金を納めてパワーズときっかり縁を切ることにしたと話した。

パワーズはディズニーと手を組まないようにと他の配給会社に根回ししていたが、コロンビア・ピクチャーズは脅しに屈することなく手を差し伸べてくれたのだという。

ウォルトは元気そうに振る舞っていたが、それでも私はアブがあのカエルに良いように操られていることに納得がいかなかった。



1930年夏、ロイとエドナの間にロイ・エドワードという息子が生まれて生後6ヶ月ほどになった。

私はロイ・エドワードにしっぽを引っ張られたのがトラウマで、スタジオを中心に寝泊まりするようになった。

ある晩、散歩を終えてスタジオに戻ろうとした私は背後に気配を感じた。

すると植木の中から黒いコートを着た小さな生き物がサッと飛びかかってきた。

黒コート「なんでお前じゃないとダメなんだよ…!」
猟犬「ワンッ!」

私はそこを通りかかった猟犬に間一髪救われ、黒コートの生き物はそそくさと逃げていった。

猟犬「大丈夫かい?」
マウス「ありがとう。助かったよ…!」

その猟犬は5分ほど前から、私が黒コートの生き物に追われているのに気づき、その様子を見張ってくれていたのだという。

「ありがとう、助かったよ…!私はマウスといいます。」
「よろしく、マウス。オイラはパップさ。ところで一体、ヤツは何者なんだい?君を攻撃するだなんて、心当たりはないのかい?」

私にライバル意識を燃やしている奴というと、カエルの顔が思い浮かんだ。

一方その頃、例のカエルのトニーはアブの新作を楽しみにしていた。

後で本人から聞いた話だが、トニーは自分の名前を新しいアニメの主人公に使ってはどうかと売り込んだところ、アブは「気に入らないな。」と答え、「彼の名前はフリップにする」と答えたのだという。

その年の夏カエルのフリップの第一作『Fiddlesticks』が、なんとカラーで公開された。



驚いた私はパップとともにウォルトのもとを訪れた。

マウス「ウォルト、アブのアニメを見たかい?向こうはカラーだよ。ディズニーではカラーのアニメーションは作らないのかい?」
ウォルト「そうらしいね。カエルのフリップの二色の光を使って着色している方法らしいんだ。つまり、緑のボディと赤の蝶ネクタイは見事に表現できても、空の青い色を表現するには課題が残っているってことだ。僕たちがカラーをやる時には美しい青をパッとスクリーンに映し出してみせるんだ。」

ウォルトの見ているヴィジョンは常に私の先を行っていた。

そんな天才的な彼が、ちょっとしたアイディアを私の身の回りから見つけてくれることは、私にとってのささやかな喜びであった。

ウォルトはパップに着想を得て、ミッキーが主演する脱獄アニメに忠実な猟犬のキャラクターを出させることにした。

ちなみにカエルのフリップがカラー作品の大盤振る舞いだったのは最初の一度きりで、その後はすべてモノクロ作品となった。



<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。ウォルトとだけ話すことができるネズミ。

ウォルト・ディズニー
アニメーション映画を制作する青年。
世界的に有名なミッキーマウスの生みの親となる人物。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。

◆アブ・アイワーク
ウォルトが勤務先で出会った天才アニメーター。
ウォルトと組んでアニメ事業を開始する。

◆トニー
マウスの前に現れた赤い蝶ネクタイのカエル。
マウスに意味深な言葉を残し、宣戦布告する。

◆パット・パワーズ
ニューヨークに顔の利く配給業者。
ウォルトからミッキーとアブを引き抜こうと企む。

エドナ・ディズニー
ロイ・ディズニーの妻。

◆ロイ・エドワード・ディズニー
ロイとエドナに生まれたばかりの男の子。

◆黒コートの動物
暗い夜道でマウスを突然襲った謎の小動物。
黒コートを着ており、顔はフードで隠されている。

◆パップ
マウスを黒コートの動物の襲撃から守った猟犬。


史実への招待

1930年1月10日、ウォルトの兄ロイとエドナの間にロイ・E・ディズニーが誕生しました。

彼はポモナ・カレッジを卒業後、1951年にウォルト・ディズニー・カンパニーに入社し、『自然と冒険記録映画』のアシスタント・ディレクターとして活躍しました。

その後は取締役に就任し、1980年代にはアニメ映画のヒットに恵まれなかった会社の体制を立て直すため、経営陣としての入れ替えに奔走しています。

『ファンタジア2000』では製作総指揮を務め、2001年の東京ディズニーシーのグランドオープニングにも立ち会いました。

『ファンタジア』のBlu-rayのプロモーションや、ウォルトの生誕100周年記念作品『ハウス・オブ・マウス ミッキーとディズニーのなかまたち』にカメオ出演するなど、あちこちに顔を出しています。

彼はディズニー一族最後の経営者として知られていますが、これからのディズニーをどんな人たちが引っ張っていくのかが見ものとなっています。

【連載】幻のねずみ #07『ウォルト・ビフォア・ミッキー(後編)』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


ハリウッドに到着したウォルトは一度はアニメーションを諦め、映画監督を志望していた。

チャップリンの撮影スタジオの近くを散歩したり、上手いことを言ってMGMの『ベン・ハー』のセットに入り込んだり、ユニバーサルの敷地をウロウロしたりしていたという。

掃除機のセールスをしていたロイはウォルトに定職に就き、安定した収入を得るようにと忠告した。

ウォルトもロイの忠告を聞き入れ、諦めようと腹をくくった。

その矢先、ウォルトにマーガレット・ウィンクラーという女性から電報が届いた。

彼女はウィンクラー・ピクチャーズという配給会社の女社長で、ウォルトがハリウッドに来る前に配給会社に片っ端から送っていた電報を目にして、ウォルトの「画期的な表現方法はどうなったのか」と興味を持ったのである。

ウォルトが未完成の『アリスの不思議の国』のフィルムを彼女の配給会社へと送ったところ、「ぜひ契約したい」という返事が返ってきた。

ウォルトは真っ先にロイの療養所を訪ねた。



ウォルト「兄さん!兄さん!」
ロイ「どうしたんだい、ウォルト。ここは病院だよ、もう少し静かにしてもらわないと…」
ウォルト「ごめんよ。でも、配給会社がアリスを気に入ってくれたんだ!ぜひとも契約したいって…」
ロイ「本当かい?!それはすごいじゃないか!!」
ウォルト「兄さん。静かにしないと…」
ロイ「そうだな。つい…」
ウォルト「兄さん。ラフォグラムの時は上手く行かなかったけど、今度は兄さんにも手伝ってもらいたいんだ。」

ロイは療養所を出て、ウォルトの仕事を裏方から手伝うことになった。

ロイは見る見るうちに元気になり、その後、結核が再発することはなかったという。



1923年10月に結ばれたウィンクラーとの契約では、1500ドルを6話分と1800ドルを6話分、さらに配給会社が望めば2作追加するというものだった。

ウィンクラーの要請で、アリス役はパイロット版で担当した女の子ヴァージニアが続投することになり、彼女は一家でカンザスシティから引っ越してくることになった。

ヴァージニアは月給100ドルでアリス役を演じた。

ウォルトとロイはキングズウェル通りの小さな店の中にオフィスを開き、ディズニー・ブラザーズ・スタジオを開業した。

1924年3月、『アリス・コメディ』と名付けられたそのシリーズの第一作が一般公開された。

ウォルトはアニメーターを雇って作業を進めていたが、アニメーションではどうしてもアブの技術には敵わなかったので、彼をカンザスから呼び寄せることにした。

アブはカンザスの安定した職を手放すことに躊躇したが、最終的に週40ドルで合意した。

1924年6月、アブは早速アリスを手直しし、少女よりアニメキャラクターに重点を置くスタイルを確立し、ウィンクラーはこの変更を喜んだ。

ウィンクラーはさらに高額でもいいからスピードを要求するようになり、ウォルトとロイは従業員を増やすことになり、二人の取り分はほとんど残らなくなった。

それでもロイが財務と経営の基盤を整えたことは、ディズニー・ブラザーズ・スタジオのラフォグラム社との大きな違いであった。

ロイは丈夫なセダンの新車を、ウォルトはおしゃれなムーンロードスターを購入した。

1925年4月11日、ロイはカンザス時代からの恋人エドナ・フランシスと結婚式を挙げ、7月13日にはウォルトもアニメーターとして雇っていた女性従業員リリアン・バウンズ(リリー)と結婚した。

ウォルトは作業効率を上げるためにロサンゼルスのシルバーレイク地区のより広い建物へスタジオを移す決心をし、さらにロイにディズニー・ブラザーズ・スタジオをウォルト・ディズニー・スタジオに改名すると宣言した。



ウィンクラーが映画プロデューサーで配給業者のチャールズ・ミンツと結婚すると、彼が実権を握るようになり、ディズニーへの金は遅れがちになった。

ある時、ミンツが「ネコのキャラクターは市場にあふれているから、ウサギのキャラクターを作るのはどうか」と薦めてきた。

アブのデザインとウォルトのプロットによって、オズワルドというウサギのキャラクターが作り出された。

ウサギのキャラクターが欲しいというのはユニバーサルからの希望であったが、結果としてユニバーサルという大手の配給会社によって『オズワルド・ザ・ラッキー・ラビット』のシリーズが封切られることになったのはウォルトにとっては願ってもない快挙であった。

1927年4月、全26話の契約が結ばれて順風満帆のウォルトであったが、アニメーターへの残業代や休日出勤の手当はまっとうに支払われず、名声もウォルトに集中していたことから、スタッフからの不満は募っていた。

アブは「最近スタジオに顔を出す配給会社の男がアニメーターにひそひそ話をして帰っていくから用心したほうがいい」とウォルトに忠告したが、ウォルトは楽観的であった。



1928年2月、オズワルドは契約更新の時期となり、ウォルトはオズワルドの契約金を上げてもらおうと交渉するため、ニューヨークへと向かった。

しかし、ミンツはオズワルドのキャラクターの権利が自分にあることを知り、ウォルトに自分のところで働かないかと持ちかけてきた。

ウォルトは断ったが、すでに他のアニメーターはアブ以外ほぼ全員引き抜かれており、ウォルトはオズワルドも失うことになった。

ウォルトは「何も心配はいらない」と空元気の電報を打ったが、心は晴れなかった。

アブはあの辛かった時もウォルトの味方になってくれたのだという。

ウォルトはサンタフェ鉄道に乗って帰路につき、そこで私と初めて出会うことになった。




<つづく>


登場人物

ウォルト・ディズニー
映画監督を志望する青年。
『アリス・コメディ』のフィルムを手にハリウッドへと向かう。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
ウォルトをサポートする。

◆アブ・アイワーク
ウォルトが勤務先で出会った天才アニメーター。
ウォルトと組んでアニメ事業を開始する。

リリアン・バウンズ
ディズニーのスタジオで働く女性。

エドナ・フランシス
ロイのカンザス時代からの恋人。

◆マーガレット・ウィンクラー
配給会社ウィンクラー・ピクチャーズの女社長。

◆チャールズ・ミンツ
マーガレット・ウィンクラーの夫。
彼女と結婚し、会社の実権を握る。


史実への招待

1920年代、もちろんインターネットはありませんでした。

アメリカ合衆国における電話の普及率は30%であり、この時代のウォルトの歴史にはたびたび電報が登場します。

映画会社への売り込みや家族への緊急連絡などで打たれた電報の中には今でも貴重な資料として保管・公開されているものもあります。

「ツー」「トン」の2種類の音を組み合わせたモールス信号で情報を送り、それを書き留める電報のスピード感は郵便よりも遥かに勝る画期的なものだったのです。

短編アニメ映画『ブタはブタ』でも緊急の報告のために電報を使用しています。

このモールス信号は『101匹わんちゃん』で犬たちが「夕暮れの遠吠え」で情報をリレーする際に「ウー」「ワン」という形で用いられています。

ちなみにディズニーランドの『ディズニーランド鉄道』ニューオーリンズ・スクエア駅では、ウォルトの開園当時のスピーチの一部がモールス信号として流れています。

現在の電子メールとは異なり、手紙のような形で残る電報。

そんな電報に込められた言葉に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

【連載】幻のねずみ #06『ウォルト・ビフォア・ミッキー(前編)』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


1918年。

年齢を偽って第一次世界大戦赤十字の救急部隊に参加していた愛国心の強いウォルトは、一年間の任務を終え、フランスから帰国の途につくべく船に乗り込んでいた。

同じ境遇の若者たちは、帰国後の職探しに苦労することになっていたが、ウォルトには父親がシカゴで経営する安定したゼリー工場の職が待っていた。

しかし、ウォルトは子供の頃から好きなことを仕事にしたいと考えており、そのゼリー工場の仕事をきっぱりと断ってアーティストになろうと考えていた。

住み慣れたカンザスで兄たちとともに家を借りて暮らすことにしたウォルトに兄のロイは地元の商業デザイナーの会社であるペスメン=ルビン商業アートスタジオを紹介してくれた。

ウォルトとアブの出会いはまさにその会社であり、ウォルター・イライアス・ディズニーという本名の彼に「ウォルト・ディズニー」という名称を提案してくれたのもアブだった。

社交的なウォルトと内向的なアブは対照的な性格だったが、互いの優れた能力を敬い、仲良くなった。

年末の繁忙期が終わり、1920年にはウォルトとアブは二人で『アイワークス=ディズニー』という事業を始めることになった。

ウォルトの営業のおかげで事業は繁盛したが、一ヶ月後にウォルトはアブの薦めでカンザスシティ・スライド・カンパニーの求人に応募することとなり、アブもその会社に移籍することに。

ウォルトの最初の事業であるアイワークス=ディズニーは事実上消滅した。

カンザスシティ・スライド・カンパニーはカンザスシティ・フィルム・アド・カンパニーに改名し、映画館で上映するような簡単なアニメ広告を制作するようになった。



アブ「おつかれ、ウォルト。何か考えごとかい?」
ウォルト「やぁ、アブ。どうだい?今のアニメ広告の仕事には満足してるかい?」
アブ「あぁ。安定した収入も得られているし、不満はないよ。君は違うのかい?」
ウォルト「ジミーに教わった簡素なアニメもいいんだけどね。もっとアニメーションを突き詰めてみたいと思ってるんだよ」


ウォルトやアブの収入は安定しており、ちょっとした高級レストランの食事や上質な葉巻を楽しめるほどの稼ぎを挙げていた。

ウォルトは地元に次々とできた映画館に毎日通い、図書館でエドワード・マイブリッジの『人体動作の連続写真集』やカール・ラッツ『漫画映画』を借りてアニメーションの研究に没頭。

週末には納屋でアニメ作りに勤しんだ。

1921年、ウォルトの作品を気に入った地元のニューマン劇場の支配人ミルトン・フェルドに上映してもらえることになり、ウォルトはそうした作品をニューマン・ラフォグラムと名付け、一作目となる『カンザスシティ春の大掃除』を封切った。

ウォルトは地元でちょっとした有名人となり、手応えを感じていた。



そこへ事業が長続きしない父のイライアスがゼリー工場も倒産させてしまい、家族とともにウォルトたちのもとへと引っ越してきた。

母のフローラはウォルトの新しいアニメ事業を応援してくれたが、父のイライアスは「あまり調子に乗るな」と釘を差し、ウォルトの名声を認めようとはしなかった。

1922年、ロイは結核のため療養所に入ることになり、他の家族はオレゴン州ポートランドへと引っ越していった。



アニメーションのクリップ集のような作品であった『カンザスシティ春の大掃除』で手応えを掴んだウォルトは本格的な短編アニメーションを作ることにした。

題材には『赤ずきん』を選び、4人で6ヶ月掛けて作品を仕上げた。

その出来栄えに満足したウォルトは20歳で昼の仕事を辞め、現代版おとぎ話のアニメーションを制作するために、会社を設立することに決めた。

1922年5月23日、カンザスシティのビルに2部屋を借りて正式にラフォグラム社を設立した。

ラフォグラム社は赤ちゃんの撮影サービスなどもこなしながら、1.11万ドルでアニメ6話分の受注を受けたが、配給会社に逃げられ100ドルしかもらえないといった苦難の道を歩んでいた。

12月には地元の歯科医師トマス・マクラムに頼まれ、『トミー・タッカーの歯』という歯科衛生広告のアニメーション映画を制作し、なんとか500ドルの収入を得るのがやっとであった。

ウォルトは一発逆転の博打を打とうと、「画期的な表現方法を思いついた」と多くの配給会社にハッタリの電報を送った。

ウォルトは『トミー・タッカーの歯』の売上を注ぎ込み、人間の女の子がアニメーションの世界の動物たちと触れ合う『アリスと不思議の国』という合成作品をほぼ一人で手掛けた。

アリス役はヴァージニア・デイヴィスという女の子が務め、実写のシーンは彼女の母親の実家で撮影した。

アリスは救世主とはならず、1923年の夏にはラフォグラム社の破産手続きが始まることとなった。

初めての挫折を経験したウォルトはカメラを売り、スーツケースに着替えのシャツを2枚と絵描き道具、そして作りかけのアリスのフィルムを詰めてユニオン駅へと向かった。

そしてサンタフェ鉄道の1等の切符を買い、単身ロサンゼルスのハリウッドへと向かうのであった。



<つづく>


登場人物

ウォルト・ディズニー
第一次世界大戦の救急部隊に参加した青年。
帰国後、アニメーションの勉強を開始する。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
ウォルトに商業デザイナーの会社を紹介する。

◆アブ・アイワーク
ウォルトが勤務先で出会った天才アニメーター。
ウォルトと組んでアニメ事業を開始する。

◆フローラ・ディズニー
ウォルトとロイの母。
息子の新事業を陰ながら応援する。

◆イライアス・ディズニー
ウォルトとロイの父。
息子の事業を厳しい目で評価する。

◆トマス・マクラム
ウォルトにアニメーション制作を依頼した歯科医師

◆ミルトン・フェルド
ウォルトの地元のニューマン劇場の支配人。

◆ヴァージニア・デイヴィス
ウォルトの作品『アリス・コメディ』でアリスを演じる少女。


史実への招待

1923年、ウォルトの二番目の事業であるラフォグラム社は現代版おとぎ話をカートゥーンという形で人気を博しました。

しかし、会社の経営となると話は難しく、最終的には発注元が支払いをしないまま倒産してしまうというトラブルに見舞われることとなります。

その結果、ウォルトやアブらのチームは解散。

ウォルトは未完成のフィルムと少しばかりの現金を持って単身ハリウッドに乗り込むことを決意します。

それから90年後、その時のウォルトの姿をモチーフにした像が2013年に東京ディズニーシーに設置されました。

これは東京ディズニーリゾート30周年の記念に本家ディズニーから寄贈されたものであり、2012年にディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーに設置されたものと同様のモデルで、2016年には上海ディズニーランドにも設置されています。

21歳の若き日のウォルトのスーツケースにはラフォグラムの文字も刻まれています。

ハリウッドへと向かう弱冠21歳のウォルトの像は彼の没後に開園した3箇所で見ることができるわけです。

新しい世界に飛び出した彼にとっては、これらのパークもまだ旅の途中なのかもしれません。

【連載】幻のねずみ #05『雨の中の訪問者』

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※この物語は事実をモチーフにしたフィクションです。


ミッキーのスクリーンデビューは華々しいものであった。

ウォルトは連日、私にミッキーの話をした。

「ミッキーを主人公にしたトーキー映画をもっと作ろう。いや、前に街の映画館用に作った『プレーン・クレイジー』や南米のガウチョのお話もトーキーにして出し直そう」

ウォルトのミッキーへの熱量はもちろん高かったが、同じく熱心だったのは『蒸気船ウィリー』の成功を眺めていた映画会社たちも同様であった。

ウォルト「映画会社の連中もミッキーの良さに気づいてくれたみたいだ」
マウス「すごいじゃないか、ウォルト。どこも良い条件を出してくれるんだろう?」
ウォルト「あぁ、そうだよ、マウス。でもミッキーの買い取りに応じないつもりさ」
マウス「それはどうして?」
ウォルト「オズワルドの時の失敗は繰り返したくないんだよ」

ウォルトは私の前ではオズワルドの話はあまりしたがらなかった。



ウォルトがパワーズに相談すると、パワーズもミッキーの独立を守れるように支援してくれた。

「いいね、ウォルトくん。これからも安心してミッキーの作品づくりに専念してくれたまえよ」



ある時、ウォルトはミッキーの音楽を手掛けるカール・スターリングとの間で方向性の食い違いを経験した。

ウォルトは悩みがあると私に話しかけた。

ウォルト「私は音楽を使ってミッキーの魅力を引き出したいんだ」
マウス「でも、カールは音楽を主体にしたいわけだね?」
ウォルト「そう、彼のやりたいテーマだとミッキーの持ち味が上手く活かせないんだ。むしろミッキー以外の世界観でやったほうがいいかもしれない。」
マウス「音楽が主体なら、その曲調に合わせた作品にしたほうがいいわけだね?」
ウォルト「そうだ。たとえばおどろおどろしい音楽に合わせて地獄の炎が踊り回るアニメーションを作るとして、その世界をミッキーが冒険するべきだと思うかい?」
マウス「うーん、何ごとも適材適所って考え方はあると思うなぁ」
ウォルト「そう、君の言うとおりだ」

ウォルトはミッキーとは別に、音楽を主人公としたアニメーションの新技術の実験の場として新シリーズを始動させることにした。

『シリー・シンフォニー』と名付けられたそのシリーズは『骸骨の踊り』という墓場を舞台にしたアニメ映画で始動し、ミッキーのシリーズと並行で展開された。

ウォルトはこんな感じで私に悩みごとを話すことはあったが、こちらが相槌を打っているだけで彼は自問自答して自ら答えを導き出すことがほとんどだった。

私は天才が悩みを解決していく歴史的な瞬間に立ち会っているような気分をいつも楽しんだ。



「ノートにミッキーの顔だって?」

私はチーズの箱に顔を突っ込みながらウォルトの言葉に反応した。

ウォルト「うん。面白い話だろう」
マウス「それで君はなんて答えたんだい?」
ウォルト「もちろんオーケーしたさ」

1929年も終わりに近づく頃、ウォルトはノートにミッキーの顔を入れたいという申し出に応じ、初めてミッキーのキャラクターグッズを認めた。

ミッキーのノートの人気は上々だったが、場当たり的なその契約で儲けはなかった。

そこでロイはキャラクターグッズの収益性に可能性を感じ、本格的に広告業のプロと手を組むことを提案した。



ミッキーマウスのシリーズは順調に人気を得て、各地にはミッキーのファンたちによるミッキーマウス・クラブと呼ばれるファンクラブのようなものが発足した。

パワーズは売上を重視しており、アニメと音楽の融合や芸術性、新たな技術の開発に重きを置いたシリー・シンフォニーよりもミッキーの新作を要求してきた。

ロイはパワーズのやり方を警戒するようになり、ウォルトも十年来の相棒であるアブと摩擦を生み始めていた。

私はちょっとした不安を感じ取っていたが、ある雨の日の訪問者の登場によってそれは確信に変わった。

「どうも、マウスさん。お久しぶりでヤンス。今日はいい天気ですなぁ。」

赤い蝶ネクタイのカエルが土砂降りの雨の中、葉っぱの傘を持って立っていた。



1930年1月、ロイの薦めでウォルトはリリーとレッシングを連れてパワーズのもとへと向かった。

ロイの予感とトニーの言葉には間違いは無かった。

パワーズはスタジオを乗っ取ろうとアブを引き抜いており、ウォルトにもその要求を呑むように迫っていた。

パワーズの条件に乗ってもスタジオの儲けはほとんどないと判断したウォルトらは手切れ金を納めて、パワーズと縁を切ることにした。

ウォルトは帰宅してからも信頼していた友人の裏切りに呆然としていた。

マウス「ウォルト、大丈夫かい?」
ウォルト「アブは仲間たちがミンツに引き抜かれた時も味方になってくれたんだ。だから今回もそうなると思ってたのに…」
マウス「ミンツの時っていうのは…」
ウォルト「オズワルドの時だよ」
マウス「オズワルドの時…」
ウォルト「そう」
マウス「差し支えなければ聞かせてもらえないかな。これまでのこと」

ウォルトは私と出会うまでの物語について口を開き始めた。


<つづく>


登場人物

◆マウス
物語の語り手。ウォルトとだけ話すことができるネズミ。

ウォルト・ディズニー
アニメーション映画を制作する青年。
世界的に有名なミッキーマウスの生みの親となる人物。

◆ロイ・ディズニー
ウォルト・ディズニーの8歳年上の兄。
独創性のある弟を財政面で支える良き理解者。

◆トニー
マウスの前に現れた赤い蝶ネクタイのカエル。
マウスに手を組むように提案する。

◆パット・パワーズ
ニューヨークに顔の利く配給業者。
ウォルトに音響システム『シネフォン』の採用を薦める。

◆カール・スターリン
初期のディズニーの作曲家。
ミッキーマウス作品の音楽を務める。


史実への招待

アブ・アイワークスは1901年3月24日、オランダ系とドイツ系の貧しい家庭に生まれました。

母親は26歳のローラ、父親は57歳のアート・アイワークスでした。

父は素人発明家で、アブが技術や発明に興味を持つ大きなきっかけとなりました。

やがて、アブは14歳の時に『恐竜ガーティ』というアニメに心を奪われます。

しかし、しばらくすると父が家族を捨てて家出してしまい、残されたアブは大黒柱として家計を支えていかなくてはならなくなります。

やりがいのある仕事よりも、収入になる仕事を選んだアブの退屈しのぎはイラストでした。

仕事を始めて三年ほど経つと、アブは地元の美術学校に入り、やりがいのある美術の仕事を探します。

アブは商業広告の会社で頭角を現します。

そして、彼の入社から一ヶ月後に入ってきた新しい社員がウォルト・ディズニーだったのです。